津田浦大決戦 古狸奇談

津田浦大決戦 古狸奇談 第七回

さても日開野方におきましては、穴観音の搦手(からめて)より…

さても日開野方におきましては、
穴観音の搦め手(からめて)より攻めかかったる今日の戦闘(たたかい)、
味方は小勢といえども、敵の十分油断のところへ
かの津田山より撃ち下ろしたのでございます。

よってそれがために敵は不意を撃たれましたることでありまして、
すでにこの城も落ちんといたしました。

ことに六右衛門の片腕たる川島作右衛門はついに鷹兄弟のために討死をなし、
六右衛門は熊鷹のために追い詰められましたが、
勝手知ったる六右衛門、かの森のうちに逃げ込んでしまい、
その行方を見失いました。

よって熊鷹は残念ながら六右衛門を討ち漏らすということにあいなりました。

ところがここは穽(おとしあな)に等しいところでございまして、
多くの小狸めが八方から石を取って投げつける、
この森のうちへ入るが最後、なかなか容易に出ることは能(あた)いません。

これにおいて熊鷹も覚悟を定めました。

「さては我敵の計略に陥って、
かかる穽(おとしあな)に陥ったるは残念なことである。」

と思いましたが、
しかし亡父(ちち)の仇敵(かたき)は討ち取った、
もはやこの世に用事はない、
名もなき小狸のために我一命を棄てるは心外である
と、名誉を重んずるところの熊鷹でございますから、
ついに彼は数ヶ所手傷をこうむりまして、
ここに舌を咬(く)い切ってあい果てましたることでございます。

ところが誰いうとなく、
今日(こんにち)の戦いに六右衛門は全く取り逃がして先陣の大将熊鷹は戦死を遂げた
という風説(うわさ)でございますから、
兄の小鷹はこのことを聞きますと大いに驚いた。

「さては舎弟(おとうと)狸は戦死をなしたるか。
もはや、これまでなり。」

と、その身も覚悟をいたしました。

亡父(おや)の敵(かたき)は討ち取ったことであるから、
我もこの世に思い残すことは更にない。
舎弟の後を慕い、ものの見事に戦死をなさんと決心をいたし、
その身は大胆にも穴観音の城内へ斬り入るという有様でございまして
いまドシドシ駈け出さんとする時

「アイヤ小鷹待った、はやまってはあいならぬぞよ。」

と馬を此方(こなた)にすすませる者がありますから、
小鷹は振りかえって見てあれば、
これぞ大将金長でございますから

小鷹「オオ金長公には何ゆえお止めにあいなった。」

金長「待たっしゃい。
御身今より乗り出さんというのは、
定めて穴観音の城中に斬り入り、
舎弟の吊戦(とむらい)をいたそうというつもりであろうが、
それはいけない、よしなさい。」

小鷹「イヤ、大将の仰せではございますが、この場に臨んで止まる場合でない。
我も舎弟の後を慕い、花々しく討死をいたしてあい果てん心底。」

金長「イヤイヤ御身のはやまるのは無理はない。
なれど小鷹、我、御身に一つ頼みあり。
このたび南方の方々一同、我に加勢は下しおかるるといえど、
目指す相手は四国の総大将にして、
とても小勢をもって大勢(たいてき)にあたる此方(このほう)の大胆。
もとより我は始終は討死と覚悟をいたしおる。
しかし我万一討死をいたしたる時は、
今跡をついでくれるものは、まず見渡したところでは御身より他にはない。
よって御身はなるべくは一命をまっとういたし、我が跡を襲(つ)ぎ、
我等が受けたる大和屋茂右衛門様に報いんため、
かの家を守護いたしくるるよう、
金長がこの通り、ただひたすらお願い申す。
聞き入れてくれたまえ。」

というので、段々とことばを尽くし、小鷹の死を止めたることでございますから

小鷹「しからば私今日(こんにち)名誉の戦死を遂げることは出来ませんか。」

金長「サアそれについて御身に対して申し入れることがあるから、
マアこちらへ来たまえ。」

とようよう危(あやぶ)い敵地を逃れまして
金長は引揚げるということにあいなりました。

これによって小鷹もようよう承知をいたし、
さて金長の計略を承わるということになりますけれども
今日の戦争(たたかい)は非常に激しいことでありまして、
津田の浜辺とこの穴観音の※搦め手と双方にての奮戦ゆえ、
敵も味方も多く疲れ、また討死に及んだものも非常に沢山出来ましたのでございます。

よってついに浜辺の戦争(たたかい)は双方中止ということにあいなりました。

ここに至って津田の浜辺で戦いました津田方は散乱いたして逃げ出す、
この虚(きょ)に乗じて穴観音の本城を乗っ取らんというので
日開野方においては※大手の方へ押し寄せました。

この手は田の浦の太左衛門が引き受けまして、この手に従う銘々は、
庚申の新八、臨江寺のお松、寺町の赤門狸、あるいは帽子狸でございますの、
円福、地蔵狸をはじめといたしまして、
その勢およそ七百ばかりというもの、ここに備えを立てるということにあいなりました。

さて穴観音の搦め手は、大将金長、かの小鷹を伴(つ)れまして、
この手に加わる面々は
かの地獄橋の衛門三郎、火の玉、金の鶏をはじめとして
三百足らずの小勢といえども、
まずここに一日休息をいたし
明日の夜は必ず城内へ攻め入らんという手配りでございます。

だいたいこの穴観音という所には、一宇の観音様のお堂がございまして、
この観世音がある年たいそう流行いたしたことがございます。

これ、ここに棲むこの六右衛門狸というものが流行らせたのだそうで、
このお堂の横手に大なる穴がございまして
この穴はどのくらい奥行きがあるか分からぬというほどの深い穴でございます。

ここを六右衛門が棲居(すみか)といたしたのでございますから、
狸仲間の方では穴観音の本城といたして、
よほど要害堅固にて※大手搦め手ともに厳重にここを固めをいたしてしまいまして、
なかなか容易にこの門の中にはいることが出来ません。

六右衛門においては十分に戦いをいたし、
また四天王の輩(てあい)も多く討死をいたしました。

その他、小狸どもも余程討死を遂げたのでございます。

ところが六右衛門は熊鷹に追い詰められまして、
怪しげなる森の中へ逃げ込んでそれきり姿が知れぬというのは、
まるで幸村の抜け穴ではありませんが、
この森の中に他の狸輩の気のつかぬところに怪しい穴が掘ってございまして、
その穴から城内へ対して逃げ帰るのでございます。

これ今いってみればトンネルのようなもので、
六右衛門が多年の間、工夫の上に工夫をいたして、
他の者に気のつかぬように、ここに秘密に穴をこしらえてあるのでございます。

ですから己が敵わぬ時には、この穴から逃げ込んでしまう、
このたびも、この穴より城内へ逃げ込みました。

その後、城外へ出ようという場合には密かにこの抜け穴から出で、また入るという、
これがために寄せ手の輩(てあい)はどうも不利益なること、
夥(おびただ)しいのでございます。

ことに大手搦め手ともに門はなかなか厳重なことでありまして、
さて翌晩にあいなりまして
※大手よりは太左衛門、※搦め手よりは金長の同勢が押し寄せまして、
何でもこの城をぶっ潰してくれんというのでかかってみましたが、
容易なことでは落ちません。

寄せ手がこの門際までまで攻め寄ってまいりますると、
城内の奴らは城の高塀に現れ出でまして、
用意の小石を取って、
寄せ手の同勢の頭上より雨霰の如くドシドシ打ち出だすという、
何しろ高いところから狙い撃ちというやつでございます。

寄せ手は心は急激(やたけ)に逸(はや)るといえども、
門の際まで近寄ることも出来ないという有様で、
大きに攻め倦(あぐ)み、なかなか落ちる容子はありません。

これを無謀にも攻め立てる時は
味方に多くの討死が出来るというようなことでございます。

よって寄せ手の輩(てあい)は二日三日は攻めてみましたが、
なかなかどうしても城内へ進み入ることは出来ません。

田の浦の太左衛門も大きに困りまして、
※搦め手の容子はいかがであると聞き合わしてみると、
これとても、やはり同じことでございまして
全く城内に入ることは出来ませぬのでございます。

といって、この門をいずれからか取り付いて上がるという足場もなし、
わずかに足場をこしらえて上がろうとすれば上から石をぶっつけられます。

様々に味方は不利益なところを忍んで日々苦戦に及びましたが、
どうしてもその目的を達することが出来ません。

大将金長も誠に無念に思いました。

なれども無謀の戦争(いくさ)というものは出来ませんから、
今は大手搦め手ともにそれぞれ手配りをいたして守らせ、
大将分はいずれもいずれも引き上げまして
まず、かの津田山にある一つの要害の砦(とりで)、
これはその以前、鹿の子といえる者が棲家(すみか)をいたしておりましたので、
これへ対して引き上げ、ここを根城(ねじろ)といたして
日開野方はまず長陣を張るということにあいなりましたのでございます。

もっとも鹿の子の妻も金長に加わっておりますから、
金長がこれへ参ったのは、小鹿の子の身にとってみると
広大なる味方を得たので悦んで働いております。

さて一同はここに集まって
日々軍議評定(ひょうじょう)をいたすということにあいなりました。

金長はかの六右衛門に夜撃ちをかけられました時の負傷、
またこのたびの戦い中にも多少の傷を受けましたことゆえに
自分の命も大切でございますから、
この手傷の養生をするということになりました。

小鹿の子も側(そば)より

小鹿「まず御大将お心も急(せ)きますでございましょうが
なにぶんお体も御大切でございます。
ともかくも手傷の養生をあそばせ。」

というので、
そこで仲間狸のうちから医術に長けましたものを呼び寄せることになりまして、
まず大将金長の手傷の治療をするというので、
その者らが来たって日々にその傷口をベロベロ舐めるのでございます。

おおかたそうであろうと伯龍(わたくし)も想像するのであります。

なかなかこの獣物(けもの)の舌というものは、
よほど薬になりまするものだそうで、
舐めておいて包帯をいたして傷口を癒えさす、
日々この手当をいたしおりますが、
なにぶん金長はひどい負傷であるが、忍耐(がまん)をしておったのでございます。

今日しも自分の本陣へ、
かの田の浦の太左衛門をはじめとして大勢のものを集めまして
評定(ひょうじょう)に及びました。

○「どうも流石は四国の総大将だけあって、
多年工夫に及んで築き上げた穴観音の城郭、
要害堅固にして容易に落とすことができない。
ことに※大手搦め手とも、その門は石門にも等しく
なかなか我々十匹や二十匹集まったところが、とうてい破ることは思いもよらぬ。
よってこれは一つ、
日開野方がこれまで押し寄せてまいったが
とても攻めることは駄目と観念をいたして、一度は皆々八方へ離散をしてしまったと、こういう体裁にしておいて、
誰か味方のうちから十分に事に熟れたるものを※間者といたして
かの城内へ入り込ました上、にわかに火を放(つ)けるとか、
あるいは大将の側に近寄って刺し違えてあい果てるとか、
非常手段を用いぬことには、
このままに我々睨んでいたところが、力攻めは思いもよらぬことである。
よってまず、これが近道のように心得るが、おのおの方はいかが思わっしゃる。」

△「ヤッそれは上分別(じょうぶんべつ)、
何か城内にて一つの変を生じたら、
その虚に乗じて一時にドッと※大手搦め手より起こって攻め入るより他に致し方がない。
なんと味方のうちにて誰か一命を棄てて穴観音の城内に入り込んで、
事を挙げようという方はないか。」

この一言を承った時は
互いに皆々頭分(かしらぶん)の輩(てあい)は顔と顔を見合わせ、
もっともであるとは心得まするが、
誰進んで乗り込もうというものもない、
するとこの折、小鷹は

小鷹「恐れながら一同の方々に申し入れてます私は
過日穴観音の※搦め手の森においての戦い、
目指すところの川島作右衛門は討ち取りました。
しかし我が弟熊鷹においては、
敵の計略に陥って、かの穽(おとしあな)の計略にかかり、
彼は無念の戦死を遂げました。
その時この小鷹においては、我が弟の仇敵(かたき)なり、
一匹なりとも多く穴観音の奴らを討ち取って
吾は名誉の戦死をなさんと、かの城内へ乗り込もうといたしたくらいであります。
しかるに金長殿に止められ、惜しからぬ一命を今日までながらえておりました。
よって願わくば、どうぞ私にこの※間者の役仰せつけられましょうなれば、
もとより一命は投げ棄てまして、きっとこの役目は勤めることでございますから、
どうか私に仰せつけらるるよう願います。」

と思い込んで願い出ました。

金長はこれを承って大きに感じ入り

金長「アア、どうもお手前親子の誠忠、この金長を助けて
親の鷹なり舎弟の熊鷹は一命をお棄ておきくだされた。
御身ら親子の方々は我が為には実になくてかなわぬ方々である。
ことに御身は若年のこと、
過日もあれほどお頼み申したとおり、
この度の戦いこそ我は討死すべき決心はもとよりつけておる、
よって過日日開野を押し出す時、生きて再び我が古巣には帰るまいと決心をいたしたる身の上であるから、
どうか御身は後にながうえて我が亡き跡においては相続(あとしき)をお願い申すと
かれほどくれぐれもお頼み申したではないか。
よって御身は死を止まった。
しかるに今また左様な事を申し出で、
穴観音の城内に対して乗り込もうというのは何事であるか。
志は有り難く心得るが、
どうかそれよりは後にながらえて吾亡き跡は二代目金長となって、
部下の眷族を引き立ててくれらるるよう、
二つにはかねて頼みおいたる大和屋様の家の繁昌を守りくださるよう。」

と切なる金長の言葉に、小鷹は歯をくいしばって、さし俯向(うつむ)き

小鷹「それでは私はこの役目を勤めることは出来ませんか。」

金長「どうかお手前はおとどまり下さい。
しかしこの穴観音城内に乗り込む者は余程器量ある方でないと難しいが、
どなたかお決行(やり)くださることは出来ますまいか。」

この時、座の中央から進み出でたる一匹

「アイヤ金長どの、
穴観音の城内へ乗り込んで敵の挙動を計り、
あわよくば大将六右衛門の首級(くび)をあげてご覧に入れる。
何卒拙者(それがし)にこの役目、仰せつけられましょうなれば有り難いことでありますとある。」

これ、別狸(べつり)ならず今回の戦争(たたかい)について加勢に参った一匹、
かの庚申の新八といえるものでございます。

一同はそれと見て驚きましたが

金長「しからば新八殿、お手前がお勤めくださるか。」

新八「いかにも、
敵将六右衛門にいかなる器量があろうとも、
たかの知れたる老いぼれ狸、何条何程のことやあらん。
拙者(それがし)乗り込んでまいって、きっと城内の容子を計って、
必ず味方の方々を城内へ手引きいたしてご覧にいれる。」

金長「ヤッ誠にもちまして其(そ)は有り難いことにございます。
しかし彼容易には入城を許さぬことと思いまするが、
御身いかなる工夫をもってお入りにあいなるや。」

新八「されば、その儀は我一つの計略があります。
もとより拙者(それがし)乗り込む時は、
彼六右衛門の家来となって、十分彼の油断を見澄まして討ち取りくれん
という考えでござるが、悲しいことには我穴観音の城内の容子を知らず、
定めて城内は立派なことでございましょうな。」

金長「それはいかにも城内は立派にいたして広いものであります。
私昨年以来日々城内に在って内部の容子をくわしく調べました。
まず大広間あり、表書院あり、
また奥の間も六右衛門の居間と小芝姫の居間とは余程間が離れております。
もっとも御殿の外は一同家中(かちゅう)屋敷にいたして、いずれも軒を並べ
実に人間の大名の御城郭にも優ると思う位の結構でございます。
以前拙者修行の際、心覚えにしたためておいた、これをご覧あれ。」

と一枚の図面をそれへ取り出しました。

進み寄ったる庚申の新八

「なるほど聞きしに優った穴観音の城中、アア実に広大なものであります。」

しばらくの間眺めておりましたが

新八「さては我一匹ぐらいで首尾よく忍び込んだところで、
到底奴ら一同を逐(お)い出すということは難しい。
ついては我一命を棄ててかかる時は事成就せんこともあるまい。
今より誰か一匹、事に馴れたる者が人間に化けて徳島の城下にいたり、
唐芥子の粉と煙硝(えんしょう)をととのえていただきたい。
さすればこの品々を混合いたし、一つの投げ玉に等しいものをこしらえて
秘密に持ってまいり、
我敵わぬ時は城内において、これをぶつけてかの城を焼き撃ちにしてご覧に入れる。
しかしそれは余程の非常手段、この爆裂玉を用いる時は拙者も一命はないが、
それはもとよりの覚悟であります。
なんと誰かこの買い物に行って来てはくださらぬか。」

金長「何といわれる新八どの。
御身敵城へ乗り込んで、爆裂薬をもって穴観音の城内を焼き撃ちにし、
唐芥子を燻(くす)べて一同を逐(お)い出す、
ムムウ、そは実に危険な次第であります。」

 

新八「もとより拙者(それがし)一旦御味方をいたす上からは、一命亡きは覚悟いたしておる。
なにぶん長き年月、六右衛門の圧制に苦しめられたる四国の多くの狸党(りとう)のために、
その敵討ちをいたしてくれん我が所存。
よって早くこの品々を取り寄せの程を願いたい。」

と流石は庚申の新八、思い込んで申し入れました。

金長も思わず涙にくれまして

金長「アア、四国にも貴殿のような義に勇む天晴れの名狸(めいり)あり。
しかるに総大将たる六右衛門、実に匹夫に劣ったる彼が挙動(ふるまい)、
それがためにこれまで数千の我々が仲間の苦しみは如何ばかり。
それを討ち取らん手段とはいいながら
可惜(あたら)勇士を討死させるは残念の至りなり。
どうか事を挙げるの際、
あいなるべくなれば貴殿は一方を斬り開いて、首尾よく引揚げるるよう、
願わしゅう存じます。」

ここに金長と庚申の新八は相談を遂げまして、
いずれもその夜は金長のもとを退(さが)ることになりましたが、
さて翌日となりますと、
金長は早速部下の狸のうち、日ごろ化けるのに妙を得ておりまする者を呼び出しまして

金長「なんと大儀ではあるが、人間とあいなって徳島の町へ乗り込んで、
唐芥子と煙硝を購(もと)めてきてくれるよう。」

と下知に及びました。

○「ヤッ、よろしゅうございます。それでは御大将、私が行ってまいりましょう。」

と此奴(こいつ)は変化の術に妙を心得ておりますから、
たちまち姿を変えまして、ちょっとした旅商人というような風体でございまして、
そこで足拵(あしごしら)えも厳重にいたして、小風呂敷を携え、
大胆にもブラブラ徳島の町へやってまいりましたが、
あちらこちらの乾物屋でございますの八百屋というような店に立ち寄りまして

狸「こんにちは、貴方に唐芥子の粉はございますか。」

○「アア、あります。沢山(たんと)もないが一寸(ちょっと)五合ほどある。
何にするのだえ。」

狸「ヘエ、私の領分の山に狸が棲んでおりまして、
どうも人を悩まして困りますので、その棲んでいる穴を見つけました。
それで唐芥子を燻(くす)べ立ててやろうと思いまして。」

○「アア、そうですか。じゃあ五合ばかりではいけまい。
わしら同商売の者に話をして調(ととの)えてあげよう。」

というので、あちらこちらから三合または五合と唐芥子または鷹の爪というようなものを多く集めてもらいました。

そこでこいつを風呂敷に包み払った紙銭(ぜに)は例の木の葉。

これから竹屋へ参って節から節までの竹を切ってもらい、
どういう具合に欺いたか、花火屋にて煙硝を買い取り、この竹の筒に入れまして
使いが済むと早速津田山へ立ち帰ってまいりました。

使いの狸よりこの品々を大将金長に差し出した。

金長は、こを庚申の新八へ渡す。

すると新八はこの品々をもって爆裂弾のようなものをこしらえまして、
大胆にも一つ事が間違ったら十分に働いた上にてこれを打ち付け爆発をさして、
その身はその場で討死をするつもりでございます。

なにぶん大将六右衛門の一命を致すについては、
ここに一つ大いに注意せねばならぬことがあります、
というのは、この六右衛門は斯(か)く総大将となって威張っておりますのは、
此奴(こやつ)が大切にして持っている『魍魎(もうりょう)の一巻』というものがあるからで、
これには変化(へんげ)の術をしたためてありまして、
昔時(むかし)の軍人なれば、かの※六韜三略(りくとうさんりゃく)虎の巻というようなものであります。

狐狸は人を化かすものだからといって、そう何狐(どいつ)も此狐(こいつ)も化かせるものではない。

この化けるというについては、それぞれ修行も要れば、また奥義も極めんければならぬものと見えます。

中には化け損じて人間に見つけられ酷い目に遭うこともあります。

よってこの総大将のもとへ修行に参って、それぞれ変化(へんげ)の術を学ぶのでございます。

総大将などとなりますと巧く変化(ばけ)ることを十分熟練せんければならぬ、
それにはこの『魍魎(もうりょう)の一巻』というものがあって、
それぞれ化け方の奥義が記してあるものと見えます。

穴観音の六右衛門は先祖よりこの『魍魎(もうりょう)の一巻』というものを伝わって持っておりますから、
他の狸党(りとう)の者どもも頭を下げて総大将と尊敬するのであります。

よって新八が穴観音に首尾よく乗り込んでまいれば、
六右衛門を討ち取るまでにこの『魍魎(もうりょう)の一巻』を取り上げ、
しかる後、六右衛門の一命を取ってしまわん、
もしかこの一巻を紛失させる時はそれこそ大変
そこで新八がこの大役をわざわざ申し出で、万一の事あればその身は城内において討死をするという決心にて、皆の者に別れを告げ、
いよいよ庚申の新八がこれから敵城穴観音に乗り込むというお話の一段、
そはいつもながら一息御免をこうむりまして次回に。

※搦(から)め手…城の裏門。
※大手…城の正面。また、正門。追手(おうて)。←→搦(から)め手。
※間者…スパイ。
※六韜三略(りくとうさんりゃく)…中国古代の兵法書。

津田浦大決戦 古狸奇談 第八回へ続く

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