実説古狸合戦 四国奇談

実説古狸合戦 四国奇談 第三回

エー、前回に述べました通り、何分(なにぶん)このお話は人間とは違いまして…

エー、前回に述べました通り、何分(なにぶん)このお話は人間とは違いまして、相手が畜生のことでございます。

だから当家の主人(あるじ)茂右衛門も顔を見合わせて膝組の上で談話をするというわけではない、
畢竟(ひっきょう)ずる茂右衛門の前には、彼の職人亀吉なるものをひかえ、これを相手にいろんなことを尋ねるのでございます。

すると随分本人の答弁(こたえ)が妙でございます。
いろんなことを話をいたしますから主人も面白いことに思いまして、
さて金長にうち向かい

茂右「お前も随分これまでは人を誑(だま)したことも定めてたくさんあるであろう。
それらのことを詳しく私に話をしてくれぬか。」

金長「さようでございます。
私の仲間は随分人を欺きまして、いろんなことをいたしましたので、追々修行をいたしたのでございます。
それで巧みに人間を欺くということが出来るのでございます。
だが私はご存知の通り、金長という名前をつけましたのも、人間の命を取らず、また人を欺いてそれでおのれの手柄などにはいたしません。
なるべく人間様の便宜を図りたいというのが私の望みでございます。
だが他のものはつい修行のために様々なことをやりますので、いろいろ変わったお話もございます。」

と膝を進めて亀吉は述べ始めましたから、

茂右「なるほど、それでは欺(だま)すのに修行がいるとあれば、いろんなこともあったであろう、
ぜんたいどのようなことをするのであるか」

亀吉「さようでございます。
これは私ども仲間うちでも大分宜(よ)い顔でございます。それがこの界隈の狸のうち、命数が尽きまして没しまする時には、そのことを高須の隠元のもとへ届けに及びますと、
彼は第一の施主となってその死骸を葬ってやります。これが高須の隠元の役でございます。
ところがこの坊主、昨年の春のことでございましたが、この徳島の城下に歌吉(うたきち)という猟師がございます。
こいつはあまり善(よ)くない奴でありまして、同じ人間同士でも酔っぱらっては人を打ったりいろんな悪事をはたらく奴でございますから、
この歌吉を一ツ欺いてやろうと常々に心得ておりました。
だいたい酒の嗜(す)きな奴で、こいつはぼんやりと気脱(きぬけ)のような人間でございます。
それがある時、山へ己の生業(しょうばい)にする鉄砲を担ぎまして、猟に出かけました。
このことを途中で隠元が聞きましたところから、
彼の地獄橋の衛門三郎という自分の仲間狸がございますが、
これは当時正二位の位を受けております、宜い顔でございます、
その衛門三郎と二人がしめし合わせて、
今日はどうやら彼が鉄砲を担いで山の方へ銃猟に行った様子だ、
一番帰りを待って彼の歌吉を欺(だま)してやろうではないかと、
隠元と衛門三郎と相談しました。
そんなことは歌吉は夢にも存じません。
どうもその日は思わしい獲物がないことでありますから、
彼奴(きゃつ)は大胆にも山また山へと分け入りまして、
ついに※お止(と)め山の方へ忍びこみ、
そこでようよう一羽の雉(きじ)を捕りました。
その雉を持ち帰ろうと山を下ってまいり、今※お止め山の領分を出ようとする時、
彼の高須の三郎はチョッと上(かみ)の役人という姿に化けまして、
いきなり雉を提げておりました歌吉を取っつかまえまして

役人「こりゃ汝けしからぬ奴である。ぜんたい、この雉はどこで捕ってまいった。」

歌吉「ハイ実は山で捕ってまいりました。」

と歌吉は狼狽(へどもど)いたして顔色を変えました様子であります。
そこをつけこんで

役人「イヤ汝この山で撃ったに相違なかろう。
何と心得る。ここは貴様たちの乗り込めるところではない。
殿の御用地とあいなっておる、※お止山である。
誰に断ってこの※お止山へ乗り込んで殺生いたした。甚だもって※不埒(ふらち)な奴である。
今日、上(かみ)の法を犯してこういうところへ乗込んだ奴であるから、
斯(か)く我々役人の目にかかった上は、これを許すわけにはあいならぬ。」

といいながらも、歌吉の両手をつかまえて、すでに引っ立てようという勢いでございます。
ところがこの歌吉という奴は真っ青にあいなりまして、
雉も鉄砲も傍らに投げ捨て、大地に両手をつかえまして

歌吉「まことにとんでもない過失(そそう)をいたしました。
つい山道のことでございますから、この方から立ち帰りまするのが、御城下の方へは近いのでございます。
それで※お禁止山(とめやま)とは承知をいたしながら、これから降りてまいりました。
しかし鉄砲を撃ちまして雉を捕りましたのは、決してこの※お止山ではないのでございます。
これは彼の前方(むこう)の山で撃ちまして、それからこの雉を提げて帰りがけに、この※お止め山を通りかかったのでございます。
これは私がこの山から降りてまいりましたから、貴方はさようにお疑いにあいなりますのも御無理はございません。
けれど実のところは※お止山で撃取ったのではございません。」

役人「黙れ、おのれ口賢くいい抜けても、我が目が確かな証拠である。
この※お止山から降りてまいったとすれば、汝この山において撃ったに相違ない。
雉はこの山へ来て、羽翼を休めておっても滅多に鉄砲で撃たれる気づかいはないと、かように思うてこの※お止山におるのを撃ったに相違ない。
見よ、未だこの雉の腹にぬくもりがあるところを考えてみれば、撃ってまだ間がない。
何といいわけしようとも我が眼にかかる以上は、どうもこのまま免(ゆる)すことは出来ない。
よって今より役所へ引っ立てて、きっとそれだけの処分をいたすことである。
サア役所へまいれ。」

といいながら、この歌吉という猟師を引っ立てようといたしました。
彼はますます慄(ふる)えだし、真っ青になって詫びをいたしますところへ対して
一人の坊主が通りかかりました。
年齢は五十恰好、最(いと)も上品な出家でございます。
今前を通りかかりましたので黙って行き過ぎるわけにもならない。
彼の役人の前に出家は目礼をいたしまして

僧「貴方は上(かみ)のお役人でございますか。
愚僧はこのむこうの地蔵院というところに住居(すまい)をいたす住職隠元でござります。
今ここを通りかかりますと、これなる猟師がしきりに詫びをいたしておりまする様子、
それを貴方が無理から引っ立てて行こうとなさるのはこれは一体どうした訳でございます。
マア通りかかった拙僧、御仲裁を申し上げることでございます。」

この出家というのは即ち相手の隠元という狸が化けておるのでございます。
それを歌吉は一向気が付きません。
そこで役人に化けておる衛門三郎がなかなか承知をしない。

役人「実は我々は領主のお鷹匠係の者である。
もっともこの山は※お止め山にあいなって、なかなか通常の者が乗り込めるところではない。
しかるに此奴(こやつ)大胆にも鉄砲を担いで、この山において雉を撃取り、我が物顔をして持って帰ろうとするのであるから、
我が目にかかった以上は勘弁あいならぬ。
よって役所へ引っ立てることであるから、参れと申しておるのである。」

僧「さようでございますか。これこれ、お前はまた大胆ではないか。何でお役人様に詫びをせぬ。」

歌吉「ヘイ、最前からいろいろと詫び言をいたしておるのでございます。
実はお聞きあそばしてくださいまし、斯様の訳合いでございます。
この※お止め山の前方(むこう)の山で撃ちました雉でございまして、決して※お止山で撃ったのではないのでございます。
だからその訳を申して、お願い申すといえど、強(た)って役所へ引っ立てようというのでございます。
御出家様、後生でございますから、貴方も共々お詫びをなすって下さいますよう、お願い申します。」

僧「それはお前は甚だ心得違い、梨花の冠、瓜田(かでん)の沓(くつ)ということを知らぬか。
たとえ※お止め山で撃たぬにもしろ、この所を通りかかったとして見れば、
お前はこの山でその雉を撃ったとしか思われない。」

歌吉「それは私が心得違いでございました。
この山道から帰りましたら道が半里ほど近いのでありますから、それでこれへ通りかかりましたのであります。 どうぞお詫び言を下さいますよう。」

僧「イヤそんなにいうのなら、私が一ツお役人に頼んであげよう… …恐れながらお役人様へお願いでございます。
そうたい人を助けるのが出家の役、
ご立腹でもございましょうが、この事が表向きに知れますと、この者は牢へも這入(はい)らんければなりませぬ。
それではこの者の妻子眷属が甚だ迷惑をいたす訳合いでありますから、
どうぞ愚僧に面じてご勘弁を下さいますよう、
きっとこの者に以来そのような心得違いをせぬように愚僧から処分をいたします。
どうぞご勘弁を願います。」

と段々と役人に向って詫びをいたします。
すると役人の方では和尚の顔をツクヅクと眺めておりましたが

役人「ハア、異(い)なことをいう奴だ。手前は念仏を唱えて仏さえ守っておれば、それで宜(よ)いではないか。
其方(そち)は出家の身をもって罪人を処分するとはどうするのだ。」

僧「さようでございます。
別にお見かけの通り出家のことでございますから、私がどうという処分も付きませんが、
以来この者が鉄砲をもって往来をいたしたり、または殺生をいたさぬよう改心をさせることでございます。
どうぞ愚僧に免じてご勘弁あそばしてくださいますよう。」

役人「其の方は口で改心をさせるといっても、このままに免(ゆる)したれば、また此奴(こやつ)が悪事を働くに違いない。
よって免すことはあいならぬ。」

僧「でございましょうが、二度と再びこの者に鉄砲を持たしてノコノコ山へ出かけるというようなことはさせぬ様に、
愚僧の弟子といたしまして、出家得道をいたさせます。
一人出家する時は九族天に生(うま)るということもありますから、どうぞご勘弁あそばしてくださいますよう。」

役人「ナニ、しからばこの者を坊主にするというのか。」

僧「さようでございます。
愚僧の弟子といたし仏門に入れまして、これまで多くの殺生をいたしておりましょうからその罪滅ぼしのために愚僧の寺にて仕えさせることにいたしますから。」

役人「ムムン、いよいよそれに違いないか。」

僧「ハイ、何しに偽りを申しあげましょう」

役人「それほどまでに其方(そち)が申すことなれば、よもや偽言(いつわり)もあるまい。
出家得道をさせるということなれば、この度のところは見逃してやる。
しかし此奴がこの後相変わらず鉄砲を持って歩いておる以上は、※お止山において雉を撃ってその帰途(かえり)役人に見つかって、そいつを誤魔化した等と、
後日にいたって奇怪(おかし)な風説(うわさ)の立つ時は、拙者においても役目にかかわる。
出家をさすとあれば本日より猟師を止めることであるからそれまでのことだ。
しかしもしか彼がその出家になることを嫌って、
相変わらずこの様な真似をいたしておった時はどうする。」

僧「それは必ず愚僧が一旦申し上げたことでありますから、もしかこの者が心得違いをいたして寺を逃げ出すようなことがありましたなれば、
愚僧も地蔵院の住職の隠元でございます。
申した言葉は後へは退(ひ)かれませんから、
貴方への申し訳のためにそのようなことにあいなった節は、
傘(からかさ)一本で寺を開きますることでございます。」

役人「いよいよ違いないか…
…こりゃ猟師面を上げよ。」

歌吉「ヘイ」

役人「ただ今、其方も聞き及んだ通りである。
これなる出家が命に代えての詫び言であるから、勘弁のなりがたいことをであるが、
其の方仏門に入るとあるから仏に免じて勘弁してやる。
二度と再び猟師姿でおるところを見つけたら、その時は汝の一命は無いぞ。」

歌吉「ヘイ、ありがとうございます。委細承知仕りましてございます。
すでに命のないところを御出家様に助けていただいたのでございますから、
心底から私も改心をいたしまして、和尚様のお弟子にしていただき、
仏に仕えて今まで多く殺生をいたしましたその罪滅ぼしをいたしとうございますから、
どうぞ勘弁くだしおかれまするよう。」

とツイツイ当人は泣き出しました。
役人もここで得心をして

役人「しからば、この雉は持ち帰る。二度と再び汝鉄砲を持つようなことがあったら承知せぬぞ。」

と歌吉の身体(からだ)を地蔵院の隠元和尚に任しておいて、その場を後に引き取りまする。
和尚は後姿を見送りまして歌吉に向い

和尚「これこれ、お前もう手を上げなさい。
しかしお役人もようようご承知の上でお引上げにあいなったのだ。
お前、私の弟子となって、これから罪滅ぼしをしなさい。」

歌吉「ありがとうございます。それでは万事、和尚様よろしくお願い申し上げます。」

と、野郎もここでぼんやりとしてしまいまして

「マアこの和尚のお蔭で、危ない命が助かった。」

ホッと一息をついで立上がりますと

和尚「サアサア、暮れぬうちに早く立ち帰りましょう」

とこれから隠元という和尚が彼の歌吉を連れまして徳島の城下の方へ道を急いで帰ってまいりましたが、その途中にて

「愚僧はこれから一、二軒檀家へ立寄って、それから地蔵院へ帰りますが、もう寺までわずか二、三町のところだ。
サアここに床屋があるではないか。
お前はこの床屋で兎も角も頭をまるめなさい。
愚僧は元来剃刀を持つことは不得手であるから、お前は床屋の親方を頼んで髪を削(そ)ってもらって、
寺へ来なさる時分には私は戻っていようから、その上引導を授けてきっとお前を出家にしてあげよう。」

歌吉「ありがとうございます。それでは和尚様、どうぞお願い申します。」

ようようここで隠元に別れを告げまして

「アア、とんでもないことになってしまったものだ。
たとい坊主になろうともマア命さえ助かってこの後あの和尚さんのお弟子にしてもらって、
仏の道を学んでいくようなことになったら、あのような金襴二十五條の袈裟でも身にまとって、立派な名僧にもなれることであろう。
何よりこれは出世の捷道(ちかみち)であるわい。」

と自分もその気になりましたか、床屋に這入(はい)ってまいりました。

歌吉「ヘイ、ごめんなさいまし。親方こんにちは。」

もう夕まぐれのこと、その床屋の親方というのは柱にもたれまして、鏡を見ながらしきりに毛抜きで自分の生えておる髯(ひげ)を抜いておりましたが

床屋「イヤいらしゃいまし、あいておりますから、これへお掛けなさい。」

歌吉「モシモシ親方、私しゃ髪を結ってもらうのじゃないので、御面倒でございますけど、
チョッと私を坊主にしておくんなさい。」

「エエ、お前さんは猟師の歌吉さんじゃァないか。坊主にしてくれ…
…坊主になるとは奇怪なことをいいなさるな。
大切な髷(まげ)を切って落とすというのはどういう訳合いである。
坊主になるというのはそんなにつまらぬのか。
よく世間の人がいうじゃァないか。つまらぬ奴は坊主になれということをいうが、
何で歌吉さん坊主になるんだ。」

歌吉「私はお蔭で命を拾いました。今日はとんでもないことをしました。実は斯様斯様(かようかよう)の訳合」

と青くなって自分が今日失敗を取ったその次第を床屋の主人(あるじ)に話をいたしますと、
主人もしばらく考えておりましたが、

床屋「それはエライことをしなっすたな。
じゃァ何かい、この地蔵院という寺の和尚さんが…」

歌吉「さようでございます。命乞いをしてもらいまして、和尚さんの弟子に今日からしてもらうのでございます。」

床屋「どうも奇怪(おかし)いじゃないか。
お前が弟子にしてもらったなら和尚様と同道して寺へ帰って仏様の前でマアお十念の一ツも授けてもらうとか、
それ相当に法があって坊主になるということはあるが、
床屋で髷を切り落とすというのはどういうことだ。」

歌吉「それが和尚様は剃刀を持つことは不得手だから
一寸(ちょっと)用事もあるから檀家の方へ一、二軒行って来る、
お前はその間にこの床屋で髪をきってもらって坊主になって来るがよい。
さすれば私が十念を授けてやろうと、こうおっしゃるので。」

床屋「へーン、でお前さん坊主になるつもりか。」

「ヘイ、二度と再び私の頭に髷のあるのを、此度(こんど)役人に見つけられましたら、命が無いのでございます。
御面倒ですけれどチョイと剃ってくださいまし。」

床屋「あまりそれはお前思い切りがよすぎるじゃァないか。
男子たるべきものが命をとられるとか髷を取られるとかいうことは、よほどのことでなければならん。
しかしお前さんが俗を離れて仏門に入ろうというのなら
急いては事を仕損じるということがあるから、
今夜は家へ帰って、とくと親類に相談をした上で、明日でもまたお前さん親類なり同道の上で来さっしゃい。
そうすればお前さんの髷を落としても構わぬという証拠人もあることだから
私も安心をして何時でも剃り落してあげますから。」

歌吉「御親切はありがとうござんすが、親や兄弟に話をしてごらんなさい。
なかなか一朝一夕ではなれません。
それよりは思い切って坊主になってから相談をしようと思いますから、
どうぞこういううちにも心が急きますから髷を落としてくださいますように願います。」

床屋「さようか。お前さんさえ承知なら私は拒むことはない。
しかし後で後悔はあるまいな。」

歌吉「ヘイヘイ滅多にそういうことはありません。
お邪魔でございますけれど、一ツやって下さいますよう。」

と、段々歌吉が頼みましたところから、
床屋の主人も不思議に思いながらも、よほどこの人は思い切りのよい人であると
ついに坊主に剃り落してしまいました。

床屋「サアこれでいいか。」

歌吉「大きにありがとうございますこれでスッパリ心残りがございません。」

そこで自分はいくらか月代料を払って表へ出ますと、にわかに頭が寒くなってきた。

「坊主になった心持は変なものだ。
しかし今から地蔵院を尋ねて行ったところがもう日もズップリと暮れているし、
和尚さんはまだ帰っていないというようなことだと、何だか傍(はた)の衆は知らないから体裁(きまり)が悪い、
私も寺へ這入(はい)ったら、そう度々家へ帰ることも出来ないから、
今宵は兎も角家の寝終(ねおさ)めとして、未練なようであるけれども兄弟にも暇(いとま)を告げ、また近傍(きんじょ)の人にも別れを告げて、
それから寺へ行くことにしよう。」

すごすご歌吉は自分の宅へ帰ってまいりますと、そのままその夜は寝込んでしまいました。

ところがその翌朝のことでございました、

トントン表を叩くものがありますから、ふと目を醒ました歌吉は

歌吉「誰だい」

「オイ、大変にお前よく寝入っているな。もう大変に遅いよ、早く起きないか。
今日は風もない穏やかな天気だ。ボツボツ仕事に行こうと思うんだ。」

これは仲間の猟師と見えまして、しきりに表を叩いておりますから、
ふと気が付いた歌吉は庭へ下りて表を開け互いに顔を見合わせ、
彼の表に立っておる男は歌吉の姿を見て驚いた。

「オヤ歌吉、お前どうした。坊主になったのか。」

といわれて当人も驚いて、ふと頭に手を上げてみると奇麗な坊主でございますから

「オヤ、何でおれは坊主になったのであろう」

と驚きながらも昨日のことをつくづく考えてみると、
まったく※お止山において鉄砲を撃って役人に見つかって、そこで出家の斡旋(とりなし)で地蔵院の和尚に助けていただいたという、
その訳を話をしますと、驚いたのは友達で、

「お前も随分慌てた男だ、地蔵院という寺がどこにあるのだ。」

歌吉「エッ、あの床屋から二、三丁むこうの方に…」

「冗談いっちゃいかない、この辺に地蔵院という寺があってたまるか。お前どうかしているな。」

いわれて歌吉は気がついて考えてみると、なるほど自分は兄弟もあれば友達もある。
それに一言の相談もしないで仏門にはいった。
坊主の言葉に従ったとはいい條、その地蔵院という寺がどこでどういう所にあるかわからぬことでございますから、
そこで狂気(きちがい)のようになって、この地蔵院という寺を捜したが一向わかりません。
第一、隠元というような出家がありそうなことはない。

これ全く全く高須の隠元という狸、彼の衛門三郎という狸が
日頃から自分たちの仲間の撃たれたり、
あるいは無暗(むやみ)に殺生をするところから、
強情我慢な歌吉という奴を斯く欺いて坊主にして、
斯くて多く撃たれた仲間狸の菩提を弔ってやったという、
誑(だま)しようも、こういう誑しようになりますと、
随分自分たちの追々官が上がるというようなことでございますから、
仲間の者は励んでこういうような修行をいたすのでございます。
またある時、私どもの仲間が誑(だま)そうとしても
あんまり強情我慢な奴になりますとどうも欺(だま)せぬものでございまして、
欺しそこなったことも間々あるのでございます。」

茂右「ハハア、それは面白いな。
人間を欺しそこなったというのは、どういう訳で欺しそこなったのか聞きたいものだ。」

と、茂右衛門は膝を進めて問いかけました。

※お止(と)め山、お止山、お禁止山(とめやま)…藩主が狩猟を行うため、一般の人の狩猟が禁止されている山のこと。
※不埒(ふらち)…不法。けしからぬこと。

実説古狸合戦 四国奇談 第四回へ続く

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