津田浦大決戦 古狸奇談

津田浦大決戦 古狸奇談 第六回

さても日開野方の軍師と仰がれまする、高須の隠元という者は、…

さても日開野方の軍師と仰がれまする、高須の隠元という者は、
なかなか老狸(ろうり)でございまして、
智謀は天晴れ優れてございます。

よって今、多度津の役右衛門の手に対(むか)いながらも、
にわかに同勢を三手に分けまして、
二手は左右の土堤の下へ伏せ置きましたることでございまして、
その身はわずか五十匹ばかりの眷属(けんぞく)を従え、
弱々そうに役右衛門の手にうち向かったることでございます。

すると役右衛門は大いに侮り、
多寡の知れたる小勢、それ彼奴(きゃつ)を引き包んで撃ち取らんと、
面(おもて)も振らずドッと一同は進むことになりました。

すると高須の隠元は

隠元「そりゃ敵(かな)わぬぞ、逃げろ、逃げろ。」

とあって、下知をいたして、たちまち後方の方へドシドシ逃げ出しましたることでございます。

勝ちに乗じて役右衛門は、さては彼奴逃げるというのは卑怯であると、
逃げる敵を追うの面白さに、皆々続けというので、
ドッとばかりに備えを乱して追い詰めることになりました。

するというと、是(こ)も其(そ)も如何(いか)に、
左右の土堤下より現れたる日開野勢、
たちまち大石小石を取りまして、
敵を望んで投げつけ投げつけいたしましたることでございます。

その勢いに、今まで勢い込んで追っかけましたる津田方は、
ドッと敗走いたし

「※素破(すわ)、敵の許(はかりごと)に陥った、
兎も角も後方(あと)へ退けッ。」

というのですから、
ドッとばかりに散乱いたしまする。

すると一旦逃げたる高須の隠元
戦いはここなりといいながら、
早くも取って返したることでございまして、
左右の伏勢と今では三手が、三方より攻め立てるというのでございますから、
さながら大山の崩れるばかりの勢いで、
役右衛門の勢に対(むか)ったることでございます。

津田方の同勢は頭部(あたま)あるいは肩腰を撃たれ、
または前足を砕かれ散々に敗走、
ところが今同勢が勢い込んで追っかけましたる役右衛門さえも、
逃げるというの有様、
そこで大変に皆々狼狽(うろたえ)騒ぎまして、
数多(あまた)同士撃ち同士噛(く)いというの有様でございまして、
大変にこの手の者は敗北をいたしました。

役右衛門はこの容子を見て無念の切歯(はがみ)をなし

役右「おのれ、不埒(ふらち)な奴。」

と、その身は真っ先に進みまして、
勝ち誇ったる日開野勢の真正面(まっただなか)へ乗り出し、
勇気を鼓舞して戦いに及びましたることであります。

いたって此奴(こやつ)は大力(だいりき)の奴でありますから、
辺りの大石を取りまして、敵中望んで投げつけましたるございます。

この役右衛門の力に驚いて、日開野方はドッと八方に散乱いたしまする。

その隙にようよう役右衛門は味方の手勢を助けまして、
どうやらこうやら九右衛門の所へ、ドシドシ駆けつけましたることでございます。

ホッと一息つきましたる役右衛門

役右「オオ九右衛門、とんでもない戦いにあいなった、
御身(おんみ)はどうするつもりだ。」

九右「仕方がない、
もうこうなったら我も一生懸命歯節(はぶし)の続くだけは敵を噛(く)い散らして、
その場において討ち死にをする。」

役右「イヤイヤ、それはあまりお手前、早まりすぎている。
敵は多寡の知れたる小勢である。
よって斯(か)ようにいたそう、
誰か足の達者な奴を搦め手に遣わし、御大将に注進いたし、
まだ敵は※搦め手の方へまわっておらぬから、加勢の兵をよこしてもうらうのである。
千切山の高坊主の戦死したことを聞いたら、
主君から今に加勢の兵をよこすであろう。
そうなると我々はチョッと休戦ができる。
敵は小勢ながら十分に働いておるから、
そのうちに此方(こなた)は勇気を養いおいて、
そこで敵のくだびれたるところを望んで、
不意に撃ち取ってやろうと思うがどうだ。」

九右「なるほど、それはどうしても同勢が少ないといけない、
しからば、そういたそう。」

役右「ヤアヤア誰かある、
斯(か)よう斯ように大将六右衛門公に注進に及べッ。」

小狸「かしこまりました。」

一匹の小狸は、これ幸いと穴観音の※搦め手を望んでドシドシ駆けつけることになりました。

さて本陣の搦め手の方では大将六右衛門でございます。

浜手の容子はいかがであろうと大いに案じておりまするところへ
追々浜手の戦いが不利益という注進でございます。

もっともこれらは何も大将から申しつけた注進ではないので、
敵(かな)わぬところから逃げてまいって、
おのれは注進をするような顔をいたしおりまする。

大きに六右衛門は無念の切歯(はがみ)に及んでおりまするところへ
思いがけなくも、またまたやってきた。

「御注進御注進。」

といいながら、
それへ一匹の小狸が旋風(つむじかぜ)の如くに駆けつけてまいりましたが
ドンとへたりこんだ。

六右「オオそういう汝(なんじ)は狢(むじな)の三郎ではないか。
戦いの容子はどうじゃ。」

三郎「エエ恐れながら御大将に申し上げます。
浜手の戦いは最初は双方劣らず励んで戦いおりました。
ところが加勢に参りましたるかの千切山の高坊主どのでございます。
敵方の衛門三郎という奴の身内の、
松の木のお山という女狸(めだぬき)がまかり出でまして、
ついに高坊主どのの変化の術もくじけ、
その女狸(めだぬき)のために戦死をなされましたことでございます。
ところが高須の隠元という敵は、
川島九右衛門なり、多度津の役右衛門どのの同勢に対(むか)っての戦いは、
なかなか駆け引きは鮮やかなことでございます。
ことによりますると両将もまさに戦死というの有様、
よって御大将、今のうちに御城内をお引き上げにあいなりませんと、
この所が危のうございます。
しかし願わくば浜手へ加勢の者をお遣わしにあいなりましては、いかがでございまする。
さもないと浜手では十分敵のために悩まされて、
もはや持ちこたえることはできません。」

と、真っ青になってこのことを注進におよんだ。

これを聞いて六右衛門は、顔色さながら青ざめたることでございまして、
ホッと太息(といき)をつきました。

側に坐流(いなが)れる勇士の手輩(てあい)は、
互いに顔と顔とを見合わせしましたが

六右「味方のうちの川島九右衛門、多度津の役右衛門ごとき者が乗り出して、
防いでも敵わぬとは、さても残念なことである。
誰かこの両狸(りょうり)を助ける者はないか。」

すると傍らに控えたる、八島の八兵衛進み出でまして

八兵「恐れながら御大将、
この上ながら私に対して、願わくば百五十の同勢をお貸し与えを願いまする。
さすればこれよりすぐに浜手へ押し出しまして、
きっとその衛門三郎といえる奴をはじめとして、
高須の隠元、まつた金長なりとも、何條何ほどのことや候わん。
私が撃ち取りましてご覧にいれまする。」

六右「ムウ、それは太儀(たいぎ)である。
その方(ほう)乗り出して十分に敵を撃ち取れ。」

八兵「心得ました。」

と勇み立ってその用意にかかりましたが、
これが八兵衛の大言(たいげん)の吐き終(じま)い。
自分(おのれ)討ち死にをするということは知らずして、
そのまま百五十の手勢を従えまして、ドッとばかりに浜手の方へ乗り出しました。

するとこの浜手でございます。

加勢が来たったらしばらく休戦をして英気を養った上、戦いをしようと心得ておりまする。

ところがなかなかこの加勢の手輩(てあい)は来ません。

しかるに高須の隠元は、勝ち誇って役右衛門の同勢を追い詰めましたことでございます。

いったん川島九右衛門と一つ所に集まり、本陣の方へ加勢を頼みにやって、
まずこれなればと安心をしているところへ、
横合いから衛門三郎、
後方(うしろ)から高須の隠元という同勢が押し寄せたのでありますから、
今はこれまでなり、と思いまして、
かの多度津の役右衛門におきましては、十分暴(あ)れまわりたることでございます。

この時、高須の隠元の傍らに控えておりましたところの一匹の小狸、
石投げの名狸(めいり)と見えまして、
敵が来たったら狙い撃ちをしてやろうと、
傍らの大木の蔭に身を寄せて容子をうかがっておりまする
ところへ数ヶ所の手傷を被りながら、多度津の役右衛門、
今、隠元の手許へ進んで参ろうという奴を、
間はわずかに※二三間(げん)にして飛び出すやいなや、
※四五貫(かん)もあろうという石を、目よりも高く差し上げまして、
役右衛門の面上を望んで、ヤッとばかりに投げ出(いだ)した。

その石は狙い違わず役右衛門の額に当たりました。

額はうち破(わ)れまして脳骨が砕けるということになりました。

いかなる豪狸(ごうり)の役右衛門も、ここにおいて舌を噛み黒血を吐いて、
その所へキリキリ二三遍まわって戦死を遂げましたることでございます。

早くも隠元はこの体(てい)を見まして、
ドッと凱歌(かちどき)をあげましたが、
今は残った川島九右衛門を撃ち取ってくれようというので、
追取(おっと)り包んで戦うということになりました。

実に九右衛門はこの時、もはや我戦死をいたし、
せめて部下を助けるより致し方がないと心得ております
ところがどうやらこうやら八島の八兵衛が百五十ばかりの手勢を従えまして、
これへ駈(か)けつけ来たりましたることでございます。

するとこの体(てい)を眺めました衛門三郎、
猪口才(ちょこざい)なる彼が振る舞い、
いでやこの敵なりとも撃ち取ってくれんと、
わざとやり過ごしておいた。

その中を勢いこんで激しく通り抜けんとする時、
ここに衛門三郎の部下に一匹の水越の小鴨といえる奴、
十分に敵を狙っておりましたが、
前を通り抜けんとする時、
八島の八兵衛の足を望んでうち出しましたる石のために、
不意をくらった八兵衛は、片足を折られましてドッとその所へ転がりました。

起きんとする奴を、近寄って五六匹の小狸、
なかなか侮りがたい勢い、皆いずれも歯節の達者な奴でございますから、
寄ってたかって八兵衛の足首から背喉元のきらいなく噛(くら)いつきました。

これがために、ふだんから四天王の一匹と威張っておりました八島の八兵衛も、
なにぶん、かかる不意をくらったのでありますから、
とうとうここで加勢に来たって、
かえって川島九右衛門より自分(おのれ)の方が先に戦死をするということに
あいなったのでございます。

よって日開野方はかの津田山におりまする、大将金長の許へ
追々このことを注進と及ぶということにあいなった。

ところが大将金長は大いに悦びまして

金長「※素破(すわ)や、戦いは今この図を外さず、
我も六右衛門を撃ち取ってくれん。
ソレ者ども、我に続け、馬牽(ひ)けッ。」

といいながら、やがて険しい坂を馬にて乗り下ろすのでございます。

その身は鞍(くら)の後の方へ反り返りまして、
手綱を十分に引き締めて
たちまち坂落としとあいなりましたが、
さながら源九郎義経公の鵯越(ひよどりごえ)も斯(か)くやと思うばかり、
金長の後に続く輩(ともがら)は、
かの藤の樹寺の小鷹熊鷹の兄弟をはじめとして、
あるいは火の玉、または金の鶏、これらを従えまして、
金長は馬術の早業をもって乗り出しました。

その後勢といたしまして、南方の老狸(ろうり)といわれましたる
田の浦の太左衛門が殿(しんがり)をいたして、
総勢ようよう七八十匹というのでございます。

まっしぐらに乗り出(いだ)してまいりました。

ところがここに搦め手に控えましたる六右衛門、
よもやこの陣中へ押し寄せ来たるとは思いません。

ところが後ろ手の山よりドッと不意に鯨波(とき)の声をあげました。

金長が乗り下ろしたというのでありますから、
イヤ驚いたの、驚かないのと

「オヤオヤこの同勢は天から降ったのか、どこからこの所へ回ってまいったのか。」

と呆れかえっておりますうち、
何しろ津田方をば手当たり次第に撃ち悩ますという勢いでございます。

さしもの六右衛門は切歯(はがみ)をいたし

六右「者ども、我が陣中に押し寄せ来たるを幸い、
鏖殺(みなごろ)しにいたしやれッ。」

と下知をいたしました。

すると側に控えたる豪狸(ごうり)の川島作右衛門

作右「猪口才(ちょこざい)なる日開野方め、
いでやこの方(ほう)の手練(てなみ)のほどを見せてくれん。」

と、この搦め手には最初五六百も控えておりましたが、
追々浜手へ加勢に出(いだ)したものでございますから、
今は三百ばかりの同勢、
しかし敵はわずか七八十匹、何條何ほどのことやあらんと、
その同勢を二手に分かちまして、
一方は川島作右衛門は百五十匹を従え、まっしぐらにそれへ乗り出しました。

作右「ヤアヤア日開野の弱虫ら、確かに承れ。
我は四天王の随一、過日(かじつ)藤の樹寺の鷹を噛(く)い殺したという、
川島作右衛門である。
我と思わん者は来たって尋常に一騎撃ちの勝負に及べッ。」

というより早く、得物を打ち振り敵中に駈け入り、
当たるを幸いうち悩ますというの有様でございます。

もとより戦いは激しい覚悟で乗り込んだのでございますから、
火の玉、金の鶏をはじめといたして、
めいめい作右衛門を撃ち取らんと近寄ってまいりまする奴を、
あるいは蹴飛ばし、踏み飛ばし、または其所(そいつ)へ打ち倒しまする。

彼の※得物のために、脳骨をうち砕かれまして血煙立って戦死を遂げる者は数知れず。

この時、金長はこの体(てい)を眺めまして

金長「ナニ猪口才(ちょこざい)な作右衛門の腕立て。
いで我が手練(てなみ)のほどを見せてくれん。」

と、この時彼はその身の腰なる用意の一刀を引き抜くより早く、
かの芒(すすき)の穂の采配は腰の鐶(かん)に納めまして、
陣刀(じんとう)真っ向に振りかぶり

金長「如何(いか)に作右衛門、日開野金長の腕前のほどを知れ。」

といいながら、うち下ろしたる激しき切っ先、
彼の持ったる樫の棒に等しきところの※得物を中半(なかば)より、
斬り落とされたることでございます。

さしもの作右衛門は驚きまして、
是(こ)は敵(かな)わじと思いましたか、
後方(うしろ)の森を指して逃げ込んだる容子でございます。

すると大将が是(かく)の通りでございますから、
作右衛門に従った小狸の手輩(てあい)は、
誰一匹として踏みとどまる奴はございません。

いずれも八方に散乱して我一と逃げ出しまする。

この時金長は遙か向こうを見ますると、
何がさて鷹兄弟においては、これは左右に分かって、
津田方の群がり来たる小狸数多の者を、
噛(く)い散らしておりまする有様でございます。

この時金長は

金長「ヤアヤア、小鷹はおらぬか、熊鷹はおらぬか。
何をいたしておる、
今それへ逃げ出したのは、汝の父の敵、川島作右衛門であるぞよ。」

と呼ばわりましたる時、
かれこれ五六匹の小狸いずれも※得物をうち振って、
金長の乗ったる馬の横腹(ひばら)を望んで貫かんといたしまする奴を、
振り返って何をいたすといいながらも

金長「我が一刀の切れ味をくらって往生をしろ。」

と、またまたこの小狸を相手としておりまする。

ところへ遙か高見に当たって、作右衛門の戦い如何(いかが)であろうと、
先ほどから馬上鞍嵩(くらがさ)に突っ立ち上がってうち眺めておりましたは、
これぞ穴観音の大将六右衛門でございます。

肝心の片腕といたしまする作右衛門もついに逃げ出した、
金長があまり見事な働きでございますから、
バリバリ歯をくいしばり、
こやつ味方に対(むか)って敵対(てむか)うところの曲者(くせもの)、
いでやこの上からは彼奴(きゃつ)の息の根を止めてくれん、
彼ゆえに最後を遂げたる娘の敵、今ここにおいて撃ち取ってくれんというより早く、
※三尺に余れるところの陣刀を鞘払いに及びますると、
砂煙を立って乗り出してまいった。

六右「ヤアヤア、その所に控えたるは日開野の金長ならずや、
斯(か)く申す我こそ当穴観音の城主六右衛門なり。
今日こそ汝(なんじ)の一命を申し受ける。
覚悟に及べッ。」

といいながら、金長のぞんで斬り込んでまいりました。

すると金長は

金長「オオさては六右衛門、
汝(なんじ)日頃の悪事増長いたし、
卑怯未練にも我が旅宿へ夜撃ちをかけるとは何事である。
ことに己が娘の異見にも恥じず、見下げ果てたるところの悪狸(あくだぬき)、
汝のような奴に四国の総大将の官位をあてがいおくべき理由はない。
いでや天に代わって汝を征伐いたしてくれん。
金長の一刀を受けて最後をいたせッ。」

といいながら、馬をその所へ進めてまいりまするなり、
六右衛門の頭上をのぞんで、ヤッというのでうち下ろした。

真っ二つにあいなったかと思いの外、
彼もさすがは四国の総大将、
ヒラリと身を引っ外し、馬を乗り開きましたることでございます。

かの陣刀をもって横に払うところの早技
しばしの間は万字巴(まんじともえ)と乗り違え、
一方は日開野鎮守の森で名を得たる、当時評判の高い勇猛抜群なるところの金長、
こちらは年は取ったりとはいえども、さすがは四国の総大将の六右衛門、
ことに穴観音に奉納いたしてございまする陣刀を取ってうち向かったのでございまする。

しばらくの間というものは馬を乗り回して、
二十七八合の渡り合いに及びましたが、
いずれも聞こえるところの豪狸(ごうり)、
なかなか勝負はいつ、果つべきとも見えません。

ここにおいて、さしもの金長も苛(いら)ちまして、
どうぞいたして彼を撃ち取ってくれんと、
短兵(たんぺい)急に撃ち込んでまいりましたが、
すでに六右衛門は危ないと見えましたる時、
津田方の眷属(けんぞく)どもは、主君を撃たしてはあいならぬと思いまして、
十五六匹というもの、卑怯にも一騎撃ちの勝負の真中(ただなか)へ対して、
ドッと叫(わめ)いて乗り込んでまいりました。

金長は怒れる眼(まなこ)を見張り

金長「何をいたすか、妨げをいたすな。」

と、近寄る敵を脳天よりうち下ろして真っ二つ、
あるいは馬の蹄(ひづめ)をもって蹴殺し、
または鐙(あぶみ)の鳩胸をもって蹴殺すという勢いでございます。

たちまちの間、五六匹はその所へ蹴倒されまして、苦しみながら息は絶えました。

その暇に六右衛門、ようようのことに眷属どもに任せて、
卑怯にも一方を開いて高見の方へ逃げ来たり、ホッと太息(といき)をついて

六右「ヤレヤレ、恐ろしや、金長といえる奴はさてさてなかなか腕前の確かな奴、
悪くすれば我も討死をするところであった。
しかし作右衛門はどうしてくれたであろう、
首尾よう遁(のが)れてくれればいいが。」

と小手(こて)をかざして見てあれば、
今本陣の方へ逃げ出(いだ)さんといたし、
ドシドシ足に任せて駈け出しましました。

折しも横合いの松の大木の蔭より、
それへ現れ出でまして

小鷹「ヤアヤアそれへ来たったるは川島作右衛門ではないか。
汝(なんじ)を待つこと久し。
我は藤の樹寺の鷹の嫡子小鷹である。
汝のために過日不慮の最後を遂げられた亡父(ちち)の吊(ともら)い合戦
いざ尋常に勝負に及べッ。」

と、大手を広げて作右衛門を望んで斬りつけて来ようといたしまする。

川島作右衛門はこうなると、今逃げて行かんとする前を立ち塞がりましたので、
思わず知らず佇(た)ち止(とど)まって、
ハッタとばかりに睨(ね)めつけました。

作右「さては汝(なんじ)は鷹の忰(せがれ)よな。
黙りおれッ。
汝(うぬ)が父なる藤の樹寺の鷹さえ、
ただ一噛(く)いに噛(く)い殺したるこの方の歯節(はぶし)。
若狸(じゃくり)の分際といたして我に対(むか)うというのは、大胆極まる小狸。
いでや作右衛門の牙の勢いのほどを見せてくれん、
いざ来たれよ。」

と、ドッと前足を挙げまして小鷹を蹴飛ばさんといたしました。

猪口才(ちょこざい)なりと同じく小鷹は牙を剥きまして、
ただ一噛(くら)いというので、
互いにそれへ唸りながら近寄ってまいるなり、
むんずとばかりに組み打ちにあいなりました。

なかなか鷹も親の仇(あだ)を撃つは今この時なりと思いますから、
一生懸命にあいなりまして対(むか)いました。

よって作右衛門と上になり下になり、
しばらくの間は組んず転んず噛(くら)い合いということに
あいなりましたことでございますなれども
さすがは四天王の一匹といわれたる川島作右衛門でございます、
とうとう今小鷹をその所へ取って押さえまして、
すでに彼が気管(のどぶえ)へ噛(くら)いつかんとするところの有様でございます。

小鷹は残念と下から撥(は)ね返さんといたす、
すでに一命(いのち)は風前の燈火(ともしび)、
今作右衛門のために噛(く)い殺されんといたしました。

折しも遙か向こうの方に、小狸を相手といたして戦っておりました、かの熊鷹は、
この体(てい)を見ると、さては兄上の一大事と思いましたところから、
此方(こなた)へ向けてドシドシ一散に駈け出してまいりました。

熊鷹「ヤアヤアそれに控えたるは川島作右衛門ではないか。
我こそは藤の樹寺の鷹の次男熊鷹なり。
いざ尋常に勝負に及べッ。
父上の敵(かたき)、覚悟をいたせッ。
兄上御免。」

と挨拶をいたしておいて、
背後(うしろ)より飛び込んで来たるが早いか、
作右衛門の後足にむんずとばかりに噛(くら)いついて、
一振り振りましたることでございます。

さしもの作右衛門も驚いた。

もう少しのところで小鷹を噛(く)い殺さんと押さえておるところを、
不意に後方(うしろ)から足に噛(くら)いつかれたのでございますから、
大きに憤り

作右「エエ何をさらすか。」

と、振りほどかんとするところを、
下より押さえつけられたる小鷹は、
ここなりと思いまして、
撥ね返しに及びましたることでございます。

ついに彼の気の抜けたるところを下から撥ね返し

小鷹「オオよくも熊鷹、加勢をいたしてくれた。
必ず咥(くわ)えた足を離すな。」

といいながら、飛び込んで、作右衛門の首筋を望んで、カッと噛(くら)いつき、
一振り二振り振り回したることでございます。

さしもの勇猛なる四天王の一匹の作右衛門も、
なにぶん片足と首筋をしたたかに鷹兄弟のために噛(く)いつかれまして
大いに無念の切歯(はがみ)をいたし、
これを振り放さんといたしまするが、
兄弟はなかなか放さばこそ、激しく振りましたることでございます。

今は堪らず無念無念と身をもがいて、ドッとその所へ倒れる時、
ここなりと思いましたから、乗りかかって、
あるいは敵の手足肩腰のきらいなく、一生懸命に噛(く)いつきました。

ついに気管(のどぶえ)へ噛(くら)いついて
止息(とどめ)の歯節(はぶし)を一噛(ひとかぶ)り、
さしもの豪狸(ごうり)作右衛門も、とうとうこれがために、
鷹兄弟に喰い殺されましたることでございます。

ようようのことに兄弟いたして
この作右衛門の首級(くび)を上げるということになりましたが、
大音声(だいおんじょう)に小鷹は呼ばわった

小鷹「ヤアヤア敵も味方も確かに承れ。
津田方において四天王の一匹、剛の者と言われたる川島作右衛門なる者を、
藤の樹寺の小鷹兄弟がここに撃ち取ったり。」

と、その首級(くび)を目よりも高く差し上げましたることでございます。

これがため大きに力を得まして、
日開野方はなかなか勇気が盛んにあいなりました。

それにひきかえ津田方は、いよいよ敵わぬというので、
八方に散乱いたす。

金長をはじめといたして、一同の手輩(てあい)は、
さては鷹は本懐を達したるかと、
彼が挙動に大いに感じ入り、
めいめいここに褒めそやしましたが、
なにぶん激しい戦いとはいえど敵は三百近い同勢、味方はわずか七十匹ばかり、
よって勝利を得ながらも、
おいおい眷属(けんぞく)どもはその所に喰い殺されるということになりました。

鷹兄弟はホッと一息をつきまして

熊鷹「兄上、この上はこの手の大将六右衛門は私にお任せを願いたい。」

小鷹「オオ天晴れな其方(そち)の望み、
しからば汝に任すのである。
必ず撃ち損じるな。」

熊鷹「合点でござる。」

この時、六右衛門は遙か小高い松の木の所へ馬をつなぎまして、
ようよう馬より下りまして、
足に少々負傷をいたし、
眷属の小狸が集まって、しきりに六右衛門の足の傷を嘗(な)めております。

ここで傷口を手当をしている、
ところへまっしぐらに駈けつけましたる、かの熊鷹

熊鷹「その所に控えたる賊将六右衛門、
我が主君と一騎撃ちの勝負をしながら、卑怯にも逃げるとは何事である。
藤の樹寺の熊鷹これにあり、
我が一刀を受けてみよ。」

と呼ばわりながら、うち下ろしてまいった。

六右「猪口才(ちょこざい)なる小狸(こたぬき)めが、
飛んで火に入る夏の虫、
いざ来たれ、汝(なんじ)も共に撃ち取ってくれん。」

と、傍らに置いたる血刀(ちがたな)取るより早く、
ヤッと横に払いました。

今や熊鷹の手足をうち斬ったかと思いの外、
身を踊らして彼は※一間ばかり飛鳥(ひちょう)の如くに飛び上がりました。

六右「南無三、失敗(しま)った。」

と、再び一刀を取り直さんとするところへ、
彼が肩口のぞんで斬りつけましたが、
なにぶん長年の劫を経ました古狸(こり)でございますから、
おのれが身に纏(まと)ったる皮具足の鍛えよろしきものでございますか、
裏かくほどのことはない、
此奴(こやつ)は堪らぬと思いましたか、
六右衛門は痛い足を押さえまして、
この側(わき)にありまする、一つの森を望んでドッとばかりに逃げ出しました。

熊鷹「おのれ卑怯な奴もあればあるもの、
逃げるという法(ほう)やあるか。」

と、ドッと森の中へ追っかけましたところが、
森の中へ入ったには違いないが、
どこへ逃げてしまいましたか肝心の六右衛門の姿が知れません。

これ全く敵わぬ時には六右衛門の計略で、
ここなら城内へ抜け道のあるということは存じません。

ですから熊鷹においては、どうしたものであろうと心得ているところへ、
三方より伏せ兵があったものと見えまして、
ドッと石を投げ出し、
ここにおいて熊鷹は敵の計略に陥り、
ついにこの森の中において戦死をいたすというお話より、
いよいよ穴観音の※大手搦め手へ日開野方が、
これから取り詰めるというの一段
チョッと一息いたしまして次回(つぎ)に。

※素破(すわ)…さあ。そら。突然のことに驚いて出す語。
※搦(から)め手…城の裏門。
※二三間(げん)…一間が約180㎝なので、二三間は3.6m~5.4mぐらい。
※四五貫(かん)…一貫が3.75kgなので、四五貫は15kg~18.75kgぐらい。
※得物…武器。
※三尺…約1m。
※一間(けん)…約180㎝。
※大手…城の正面。また、正門。追手(おうて)。←→搦(から)め手。

津田浦大決戦 古狸奇談 第七回へ続く

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