実説古狸合戦 四国奇談

実説古狸合戦 四国奇談 第六回

そこで六右衛門は早速、使いを津田山に…

そこで六右衛門は早速、使いを津田山に棲居をいたしまする鹿の子のもとへ遣わしました。

鹿の子は何事やらんと取るものも取りあえず、穴観音へ向けて出仕をいたし、
六右衛門の目通りをすることになりました。

鹿子「これはご主君、ただ今はお使いに預かりまして有難うございます。
して、私をお呼びになりましたのは、何か火急の御用が出来ましたのでございますか。
その御用のほどを承りとうぞんじます。」

六右「オオ鹿の子、近う進んでくれるよう。
実は其方(そち)を呼んだのは、折り入って相談をせんければならぬことが出来たので…」

鹿子「ハイ、何事でございます。」

六右「外(ほか)でもないが、娘の小芝がこの節、何となく病床にあって、彼が心地が清々(すがすが)いたさぬ容子、
どうもその病気の原因が解らぬのである。
そこで、この方(ほう)もいろいろ心配をする、
あの病気を一ツ其方に頼んで
火急になおしてもらいたいという考えであるから、
それで其方を手もとへ招いたのである。」

意外な六右衛門の言葉でありますから、鹿の子は不思議な顔をいたしながら

鹿子「それはどうも困りました。姫様の病気を私になおせとの主命、
いかなることでも背きはいたしませんが、
しかし私は医者ではございませんから、どうも姫様の病気をなおすというのは甚だ困ります。」

六右「イヤ、その姫の病気については、其方でなければならぬということが出来たので、
それは何か娘が心に思ったことがあると見えて、
俗に申す恋病(こいやまい)というようなたちではないかと思う。
私は甚だ心配でならぬ。
其方達夫婦は彼の幼少の時より傍らにあって傅(もり)をしてくれ、
とりわけ、小鹿の子は非常に我が子の如くに可愛がって育てあげてくれた。
また彼も小鹿の子を我が母のように心得て、何事も打ち解けて話をするではないか。
それに連れ添う其の方のことであるから、定めて其方から聞いてみたれば、姫も心のうちを申すであろう。
それゆえ、其方を急に招いたのである。
よって、それとはなく姫の居間へ参って、兎も角も彼が何か考えておることがあるか、
その辺のところを確かめてもらいたい。
ほぼ、この方も推量いたしおることもあるが、まだ、はっきりとわからぬのである。
よって其の方、今より姫のそばへ参り、とくと聞きただしてくれるよう。
もし其方で解らぬことなれば、早速小鹿の子を呼んで、彼から聞かしてもよいが、
とりあえず其方が一応聞きただしてくれるがよかろう。」

という。
六右衛門の言葉でございます。
その身は、当時はこれという役を勤めておるではなし、
ただ姫小芝の傅(もり)役というので、ここに奉公をいたしておる身の上でございますから

鹿子「いかにも、承知つかまつりました。
それでは、姫君のご容子を確かに伺うことに仕りましょう。」

と、やがて六右衛門のそばを離れまして、これから彼(か)の小芝姫の居間へ対して鹿の子はやって参りました。

見ると、なるほど、六右衛門のいう通り、小芝姫は病床にあって、二~三名の腰元に介抱をされ、どうやら優れない様子でございます、
ところへ、入り来(きた)った鹿の子、姫の前へ両手をつかえまして

鹿子「これはこれは姫君に渡らせられまするか。
貴方はぜんたい、どうあそばしましたのでございます。
お風邪でも召したのでございますか。」

と声をかけられまして、姫は面をあげ、鹿の子の容子をツクヅク眺めましてホッと太息(といき)をつきましたが

小芝「オオ、鹿の子でありますか。よく親切に尋ねてくれました。
別段、わらわは風邪をひいたというわけではないが、
何となく心が清々(すがすが)いたさぬので、それが為にこうしてうち伏しておるのじゃ。
で思うことはままならず、どうぞ一日も早く死にたいと思います。」

と、うち沈む姫の様子を眺めました鹿の子は

鹿子「これは姫君、けしからぬことを仰せられます。
死んで花実が咲くものか、と言うこともございます。
しかし貴方の御病気は何か物思いをなすっていらっしゃるご容子に見受けますが、
それなれば何もご遠慮に及ばぬことでございます。 貴方のお望みは、たとえ、どのようなことでもお叶え申すことでございますから、
私におっしゃって下さいますよう。」

小芝「※これはしたり、鹿の子としたことが。
わらわは何も思っておる様なことは更にありません。」

鹿子「イエイエ、お隠しあるな。私は推量いたします。
貴方がそうして日々御心配あそばすというのは、
彼(か)の金長殿を我夫にしたいというお望みでありましょう。」

小芝「エイッ…」

ハッと顔をあからめまして、さしうつ向く様子をツクヅク眺めました鹿の子は

鹿子「姫君、必ず御心配御無用でございます。
実のところは、今日お父君が私をお招きにあいなりまして、
とくと姫の心を聞いてみた上、彼さえ異存なくば一日も早く、この結婚を取り急がんと心得る、
我も金長の器量あるを知るから、彼を姫の婿にしたい、
という思召しであるのでございます。
そこで私をお招きになってのお頼みでございます。
いかがでございます姫君、今この図を外さず、何も恥ずかしいことはございません。
貴方が思っただけのことを仰せられまするよう。
さすれば私が何時なりとも中へ入ってその御周旋を申し上げまする。
一日も早く、首尾よくご結婚の整うよう、いたしますことでございます。」

と言うので、しきりに姫の心中を探りまする。
よって小芝姫は、ますます顔をあからめ、しばらくの間は、さしうつむいておりましたが

小芝「それでは鹿の子、アノお父様が金長殿と結婚の義をご承知おきくだしおかれまするか。」

鹿子「いかにも、さようでございます。
六右衛門様の思召し、貴女と金長殿と早く結婚の義を調えた上、なるべくならば金長にこの穴観音の館を譲って、ご自分はご隠居をなさる思召し。
千住太郎様はお在(い)でにあいなるといえど、あの方はなにぶん大将の器にあらず、
金長ならでは外にはない、という思召しでいらっしゃるのでございます。
それで六右衛門様においては、疾(と)くより、その思召しでありまするが、
肝心の貴方が生涯自分の夫といたすものをお心の進まぬのを無理から持てとあっては後日間違いが出来まする。
それゆえ私にとくと実否(じっぷ)を探れとのことでございました。
姫君、貴方に御異存はあるまいと思いまする。
決してご遠慮はいりませんから、思召しがあらば、その辺仰せ聞けられまするよう…
…そう黙っていらっしゃっては解らぬではござりませんか。
ぜんたい、貴方はどういう思召しでいられますか。」

と、しきりに迫りまする。
姫は、一日も早く結婚をして金長を婿にしてやろうという父の有難い仰せを承り、
実に飛び立つばかりの嬉しさでございまして

小芝「何と言やる、鹿の子、それは本当のことであるか。」

と喜びの色面(いろおもて)に表れまして、
思わず臥具(とこ)より出でて、にっこり笑ったその眼元、
さては、と推量いたした鹿の子、

鹿子「それでは姫君、御異存はござりませんか。」

小芝「サアたとえ異存はあるにもせよ、お父様のお言葉を背くのは不孝にあたりまする。
兎も角もお前に何事も任しますから、どうぞお父様にその事を言って、あの金長様と一日も早く…」

鹿子「イヤ解りました。
貴方がそれさえ仰せられますれば、
早速私がお父君にそのことを申し上げまして
ご結婚の式を挙げまするよう、お勧め申すことでござります。」

小芝「それでは鹿の子、どうぞよろしく頼みます。」

と言う言葉さえ恥ずかしく、姫は口のうちにて幽かなる答えでございます。
まずこれなれば、お家は万代不易(ばんだいふえき)と大いに喜んで
鹿の子は早速、六右衛門にこのことを話をいたしたのでございまして、
六右衛門とてもこれを聞きまして大きに喜び、
そこで早速金長をば我が手もとへ呼び寄せんと使者を立てました。
至急相談したいことがあるから参れよ、とのことでございます。

お話変わって、此方は金長狸でございます。

これは、もとよりこの地へ乗込んで参りまして早や一年の余、経過いたしまして、
殊に、本月は必ず位を授かる身の上でありますから、
六右衛門より官位を受けたれば、それを一ツの土産といたして、故郷へ錦を飾り、大和屋茂右衛門の家を守護いたさんという、
それが為に一生懸命となって修行いたしておりました。

六右衛門のもとから何とか沙汰があるであろうと、それを心待ちに待っておりまする。

ところで金長に従って当所へ乗込んでまいりました彼(か)の藤の樹寺に棲居をいたしておりました鷹といえるもの、
金長部下のうちにおいても天晴れなる豪傑でございまして、
これは日々金長の留守中を預かりまして、
旅宿に金長が戻ってまいると傍らにあって何かと用事をいたし、
これとても一日も早く首尾よう功成り、名遂げて、我が身を隠居したいものである、
主人が授官の後は、これを一ツの功として、自分は隠居をなし、
その上、忰(せがれ)に世を譲りたいという望みでありますから、
昼夜ともに少しの油断もなく、金長の傍らに勤めておりまする。

金長も数多の眷属のうちでも、とりわけこの鷹は我が身の片腕といたしまして、
何かと総てのことを心置きなく相談をいたしております。

しかるに今日しも穴観音より立ち帰りますると、早速鷹を手もとへ招いて

金長「鷹や、其方(そち)も長らくこの地にあって、大きに不自由の思いをさすことであるが、
もうしかし当月中であるから、今しばらくの辛抱をいたしてくれ。」

鷹「どういたしまして。主人の御修行中、私に不自由というようなことは決してございません。
私は宅におりましても、この様に結構な暮らしは出来ませんのでございます。
私のことは少しも御心配なく、どうぞ…
…してご主君、いよいよ近日のうちに授官にあいなりまするのでございますか。」

金長「サァ、今日、六右衛門公のお話では、もうこの上は、教えることがない。
近々お前に官位を授ける、というお言葉であった。
おそくも当月中には何とか御沙汰があるだろうと心得る。」

鷹「それは結構でございます。しかし願わくば御油断なく、充分御修行が肝心でございます。」

と、しきりに主従は話をいたしておりますと、
一匹の豆狸(まめだ)、これは故郷から荷物といたして召し連れて来ました※小者(こもの)と見えまして、
取合の唐紙を開き、両手をつかえまして

※こもの「ハッ申し上げます。」

金長「何じゃ。」

こもの「ただ今、穴観音の親方よりお使者がみえましてございます。」

金長「フーン、マア何はともあれ、お通し申すがいい。」

小者が立ち去った後へ、
ほどなく穴観音から主の威光を笠にきて一匹の小狸、容赦もなくツカツカと正面に進みましたから、
金長は遥かに下がって両手をつかえ

金長「これはこれは。ご使者として、御入来(ごじゅらい)、ご苦労にございます。
して、何らの儀でございます。」

使者「さればそれがし、これへ罷(まか)り越したるは、他の義にあらず。
主君、六右衛門公には何か急に其(そ)の許(もと)へ、申し渡したい義がこれあるにつき、
早速お目通りをせよという仰せでござる。
よってただ今より穴観音へ御出頭にあずかりたい。」

金長「これはこれは。何事かは存じませんが、この金長へ御用とな。
委細承知仕りました。それではすぐに罷(まか)り出でまする。
どうかご使者には一足お先へお帰りの上、主君へその由を仰せくだされまするよう。」

使者「それでは、必ず早く参りましょう。」

と大手を振って、そのまま使者は立ち帰ってしまいました。

後にて主従、顔を見合わせ

金長「のう鷹、何であろう。今時分に用事とは…」

鷹「さようでございます。あるいは貴方へ向けて授官の沙汰ではございませんか。」

金長「サァ、あるいは、さようなことかもしれぬ。マアともかくも一応参ってみよう。」

鷹「しからば、ご主君、大事の前でございますから、必ず御油断あそばしてはなりませんぞ。」

金長「ヤ、いかにも、その儀は承知いたしておる。」

ここで衣類を改めまして、早速鷹に別れを告げ、
夜中とは言えど、とりあえず一匹の豆狸に提灯を持たせまして、道を照らさせ歩いてまいりました。

すぐさま穴観音の六右衛門の館へ来(きた)りますと、お目通りの義を願うことになりました。

六右衛門は待ち設けておりましたることでござりますから、
金長が来(きた)ったというのを聞いて、すぐさま自分の居間へ通すことになりました。

ほどなく、これへ入り来りまして、六右衛門の前にて恭しく両手をつかえ

金長「これは六右衛門公にございますか。何か火急の御用の由、
ただ今は使者にあずかりまして、金長、取るものも取りあえず、斯(か)く罷(まか)り出でましたることでございます。
して、その御用件の次第は、いかなる義でございますか。
仰せ聞けられますれば有難うございます。」

六右「サァサァ、どうぞ、ズッと遠慮なく進んでください。
今宵は何だか、こう寒気が催して、それゆえつい、お前を招くまでの間、不精をしておったような次第である。
斯様(かよう)な姿をいたして、甚だ失礼じゃが免(ゆる)してくれ。」

金長「どう仕りまして。どうぞそのままご遠慮なくお床(とこ)にお出でを願いとうございます。
して、私(わたくし)への御用とおっしゃるのは…」

六右「ほかでもないがな。お前も知っての通り、わしはもう追々年をとる。
つい愚痴になりやすいもので、マアこれからは何時が知れぬと思う。
畢竟(ひっきょう)ずる、わしの眼の黒いうちは、いずれもわしを慕いおるであろうけれども、
今にもわしが眼を永眠(ねむ)る時は、なにぶん倅(せがれ)と言っても、まだ一向年(とし)もいかぬ、
殊に屋島の方へ修行にやってあるから、どうも、これとても頼りないものである。
そこで、わしの考えにはマア、姉の小芝である。
あれはもう年ごろになっておるから、あれにしかるべく婿をとって、
一日も早く初孫の顔でも見て、老いを養おうという、わしの考え。
ところが、どう見渡しても、わしが これ という適当の者が一向見当たらぬ。
しかるに、御身(おんみ)なれば我が跡目も大丈夫であろうと、あい心得る。
御身には必ず正一位を授けるが、
さる代わり金長殿、何と不束(ふつつか)ではあるが、娘の小芝を妻にして、
我が後継(あとしま)をお前が相続をしてはくださらぬか。
御身にこれを任しさえすれば、もうわしも大丈夫と思う。大きに安心が出来るようなことである。
で、この館を相続をして、ここに足を留めてくれることは出来ぬものであろうか。
どうじゃ、よもや違背はあるまい。
返答さっしゃい金長殿。」

と、十のものは十二まではこの義については否(いな)やはないであろう、というのは、
この四国の総大将の後継(あとしま)を受けるのでございます。
思いがけなき六右衛門の言葉に、ハッと流石(さしも)も金長も当惑をいたしました。
此方(こなた)は何の気も付かず

六右「アア、私も畢竟(ひっきょう)四国の総大将とは言え油断は出来ぬじゃて、
この北方(きたがた)には宅右衛門(たくえもん)という奴もあれば、
また、そのほかに高島の当千坊(とうせんぼう)の余類(よるい)もあり、
また徳島には彼(か)の有名な庚申(こうしん)の新八(しんぱち)、
臨江寺(りんこうじ)の松の木のお松、女狸(めだぬき)ながらも、これとても油断はならぬ、
そのほか、南には田の浦の太左衛門(たざえもん)、または地獄橋の衛門三郎(えもんさぶろう)、
なかなか油断のならぬ奴等である。
ここで御身をさえ、婿にしておけば、わしの手もとは大磐石(だいばんじゃく)の如きにあいなる。
よって御身にこれを頼む。何と金長殿、この穴観音の館を一ツ引受けて御身に跡を継いでくれることはできまいか。
娘も御身を懇望しておるのであるから、もはや、この義は異変はあるまい。
どうじゃな金長、返事をさっしゃい。」

先のほどから、さしうつむいて両眼を閉じて考えておりましたが、
ようようこの時、六右衛門に向いまして

金長「エエ何事やらんと心得ましたるところ、斯(こ)は有難きところの仰せ、
何分、私等如きものが当お館の跡目相続を引受けよと仰せられまするは、身に余る大慶に存じますれど、
まだまだ私は修行の道が足りませぬものでございます。
もしも身の程を顧みずして、万一、当お館へでも留まるというようなことになりますると、
君には数多の御眷属がある。数千の狸党(りとう)、何で私如きものに従いましょうや。
この義ばかりは、平にご容赦の程を願いとうございます。
他の者をもって仰せつけられとうございます。」

六右「これこれ金長、他の者に申しつけるくらいなら、わざわざ夜中こうして御身を呼び寄せて、
わしが口から直々このようなことは頼みはせぬ。
それとも御身はこの館を引受けるというのは気にいらぬのか。」

金長「どういたしまして、決して、さようなことはございません。」

六右「そんなら何でことわりを言わっしゃる。
ただしは小芝が御身気にいらぬのか。」

金長「全くもちまして。」

六右「それなれば何で異議をとなえさっしゃる。サァ返答さっしゃい。」

ここにおきまして金長も偽るというわけにもなりませんから

金長「恐れながら申し上げます。
身不肖なる私に姫君までも下しおかれ、このお館を相続いたせよとの仰せを背きますると言うのは、
何か謀反の企てでもあってのことと思召すでもござりましょうが、
決して、さようなことではございません。
私はかねて日開野大和屋茂右衛門という人に大恩をこうむりましたものでございます。
それは先生も御存じの通り、先年、彼(か)の南方(みなみがた)に大洪水のありました節、
我が多くの眷属は自分の穴は水に浸され、殊に己は古巣に棲息(すまい)をすることもならず、
めいめい山手にこれを避け、
まず第一に糧食(ひょうろう)にさしつかえまして、
数多難渋いたしました。
これを救わんが為に私の棲息(すまい)をいたしておりまする鎮守の森に是等の者を引き取りました。
ところがなかなか数多き眷属共のことでありますから、
これらの者を棲まわせるに困りまして、どこか適当な所をと心得まして、
同じ日開野のうちで染物渡世をいたしておりまする大和屋茂右衛門という大家(たいけ)、
その裏の土蔵の奥に一ツの穴あり、これ屈強の我々の棲家と心得まして、
最初は無断に一時それらの者を助けんが為に、その穴をもって仮の棲所(すまい)といたしました。
それをば図らず、その家の職人のために見つけられ、すでにその穴へ煮え湯でも注込(ささこ)まんという、
眷属共の命にもかかわらんとしたるところ、
主人茂右衛門といえる人いたって情け深い人でございまして、
これかえって家の繁昌する原因(もとい)、ここへ来(きた)って古狸は棲居(すまい)をするのも何かの因縁、
そのようなことをするな、と
種々様々なる食物をあてがわれまして、
我が眷属共は死を免れました。
その大恩、身にしみじみと私は有難く心得ました。
万分が一の御恩報じと、あい心得ておりますところから、
店の職人の姿を借り、その染物屋の染物の生計(なりわい)の手伝い等もいたし、働きましたるところ、
ますます主人は喜びまして、立派な一ツの祠を建ててくれましたのでございます。
私もその御主人に対しての御恩報じと心得、大和屋様の家を守護いたすことになりました。
ところが未だ無官のことでございますから、
無官の我がお宮を建って棲息(すまい)をいたすというのは、
六右衛門公に対して恐れあり、よって何卒いたして官位を授かり、その上正一位稲荷大明神となりまして、
彼の日開野へ立ち帰りまする故郷への晴一ツは大和屋茂右衛門様への御恩報じ、
先般お暇(いとま)をもらいまして、当地へ修行に参ったのでございます。
それで私の望みは故郷へ帰りましたれば、大和屋様のお家を守護いたしたいのが望みでございます。
それゆえ一時も怠らず、一心となって今日まで修行をいたしおりました。
金長が心のうち、お察しくだしおかれまして、何卒、賜暇(しか)の義を願わしく存じ奉ります。
また当四国での総大将津田浦穴観音の婿君となるものは、いくらでもありましょうで、
その義は余人に仰せつけられまして、何卒、授官の義を願わしく、
この義ひたすらお頼み申し上げます。」

と、誠心、面(おもて)に表れて金長の述べましたる時は、
流石(さしも)の六右衛門もハッとばかりに力を落としまして、
しばしの間は、

六右「ムムン…」

とばかり唸り始めましたが、
こいつ、おれの言葉に従わぬ奴、と、ついには六右衛門もちまえの本性を顕して
ここに金長を敵にまわさんければならぬようなことの立至ってまいるのでございます。

チョッと一息入れまして。

※小者、小廝、廝…こもの、召使い

実説古狸合戦 四国奇談 第七回へ続く

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