津田浦大決戦 古狸奇談

津田浦大決戦 古狸奇談 第五回

さても津田方の勇士のめいめいは…

さても津田方の勇士のめいめいは、今しも既に六右衛門の下知によって繰り出ださんとする時、
図らずも日開野方が早やこれまで押寄せるという注進を承りました。

よって六右衛門は敵地に乗り込むよりは、よほどこの方が戦いは便利と思いましたところから、
ここにおいて、にわかに津田の浜手の陣所へ向けまして、今や敵の寄せ来たるをあい待つことになりました。

なにぶん、一統のめいめいは勇気を鼓舞して、
敵は多寡の知れたる小勢、目に物見せてくれんと、日開野方の来たるをあい待っておる、
ところへ、追々その夜は更けてまいりまして、子刻(ここのつ)となっても何の沙汰もない、
すでに丑刻半(やつはん)という刻限になってまいりました。

まことに深々といたしておりまして、さらに敵が寄せて参る容子はございませんから、
ここにおいて六右衛門は大いに安心をいたして、諸将にむかい

六右「さてさて、金長といえる奴は言い甲斐ない奴である。
今もってこの所へ寄せ来たらぬというのは、わかった、これは我が大軍に恐れをなして、それで寄せ来たらぬとあい見えたることである。
多寡の知れたる小童(こわっぱ)の藪狸(やぶだぬき)、何ほどのことやあらん。」

と、大いに安心の体(てい)でございます。

六右「皆の者、よほど疲れたであろう。
もうボチボチ寝てもよいぞ。
皆々持ち場へ下がって休息をいたせ。」

この時傍らにあった川島作右衛門

昨右「アイヤ御主君、それはまだまだお早うございます。
かの金長という奴は、なかなか容易ならざるかけひきのある奴でございますから
これは定めて味方の勇気のくじけるところを待って、夜の払暁(ひきあけ)に押し寄せんというのでありますから、
滅多に油断はなりませんぞ。
すでに目の前まで押し寄せておるではありませんか、さあればそのまま引き上げそうなはずはありません。
アイヤ、方々。この一統のめいめいも、これまで妻子眷属を安々と養いおらるるというのも、御主君のお陰(かげ)、それぞれ棲家(すみか)を与えられておればこそ。
しからば、こういう時、主君(きみ)に対してご奉公が肝心である。
よって今宵はいずれも寝てはなりませんぞ。
皆々我が持ち場を厳重に固めさっしゃい。」

六右衛門、これを承りまして、実(げ)にもっとも と心得、ついにその夜は一睡も寝入れません。

十分に用意をいたしておりますうちに、追々と刻限も押し移ってまいりました。

すでに鶏鳴暁を告げる頃となりまして、早や東が白んできました。

○「オヤオヤ、もうこれ夜が明けるではないか、何のことだ。
我々は昨夜徹夜(よどおし)一睡もせずいたし、かく厳重にここで待っておるのに、馬鹿にいたしておる。」

ここにおいて全くは皆この界隈であるいは森の中とか、または穴の中に入り込みまして、その日は一日休息いたしております。

さて夕景とあいなりますると、またまた持ち場を厳重に固めまして、
サア来い来たれとあい待っておる、
ところがその夜も何の沙汰もない、
まったく昨晩といい、今晩といい、徹夜をいたしておりましたが、さらに敵は寄せて参りません。

六右衛門はこれがために大きに陣中徒然でなりません。

そこで用意の食物を取り出して、味方のめいめいの勇気を養わんとて、酒宴をいたすことになりました。

ところが二日目の夜も来ません。

いよいよ第三日になりまして、今宵は定めて来るであろうと十分身構えしておりました。

ところがその夜も夜半(よなか)も過ぎ丑刻(やつ)過ぎになっても、何の沙汰もない。

サアこうなりますると、自ずと油断というではないが、
敵は定めて味方の軍勢に怖れをなして、よう来ないのであろう、
情けない奴もあればあるものと、
十分敵を侮ってしまいました。

六右「皆々これへ来たって一杯飲めッ」

○「これはどうもありがとうございます」

大将六右衛門から許しが出ましたから側にに居る四天王の手あいをはじめ、または軍師と立てられました、千切山の高坊主、
皆々ここに集まって酒宴をいたすこととあいなりましたが、
ついに敵を十分に侮ってしまいました。

するとあちらに一組、こちらに一組と、皆々同僚輩を集めまして

○「どうだえ、アアよい心地になってきた」

△「そうだな、今夜はゆっくりと飲もうか。しかしまだ酒はあるか」

○「あるある」

△「あるなら持って来い。どうもコノ何だな。草原の上に我々が坐っていると、尻が痛くって仕方がない。」

○「それじゃァ敷物をあげようか、柔らかいのを。おれもはばかりながら自慢じゃァないが、八畳敷きの敷物を持っているのだ。」

△「おれももっている」

○「お前のは小さいじゃァないか」

△「イヤ、それでも正味六畳ばかりは大丈夫である」

そこで皆々持ち前の睾丸(きんたま)を広げるということになった。

×「なるほど、この敷物はやんわりとしているな、皮蒲団に触ったようだ」

○「当たり前だ。これが生きた皮蒲団だ。」

めいめい八畳敷きをそれへ広げまして、皆々坐並(いなら)んで酒宴を催すことになりましたが、
中には腹鼓を鳴らして唄う奴もあれば、
たって躍る奴もあるという、
戦に参っているというよりか、まるで愉快に出かけましたような調子でございまして、
皆々さなから怠っている調子でございます。

大将六右衛門はなんとなく我が出陣の際に振り切っては出たものの、
娘の最後が気になってなりませんから、
そっと四天王の手輩(てあい)に耳打ちをいたしておいて、
もっとも自分はこの所に出陣をいたしておるような体裁にして、
その身は城中へ密かに帰ってまいりますると、
早速奥向きへ乗り込んで参りましたが、
かの娘小芝姫の死骸に取り付いて悲嘆の涙にくれました。

六右「アアとんでもないことをしてくれた。
我が心のうちも知らずして、早まったことをしてくれた。
しかし嘆いてもかえらぬことであるから、せめて死骸だけでも葬ってやりたい。」

というので、そこで留守居の者に申しつけまして、
それぞれ手当をいたさせて、
まず裏の山手にてようようこの小芝姫の死骸を葬ることにあいなりました。

さすがは強情我慢の六右衛門も、そこは親子の情愛でございますから、
悲しみの涙にくれまして、ガッカリ力を落としました。

しかしこういう時に気を腐らせてはならぬと思いまして

六右「まず酒を持てッ」

酒の気を籍(か)ろうというのでございまして
自分(おのれ)は城中にあって数多の腰元を相手として酒宴(さかもり)を始めるということになりました。

もっともこの穴観音の要害は堅固な城でございますから
まず家来の者に申しつけまして、表は厳重に門を閉め切ってしまい、そこへ番の者をつけまして、
その身は※搦(から)め手の方へ対して出(い)づるということにあいなりまして、
ここに十分備えを立て、もし浜手で戦いが始まったら、すぐに飛び出すというつもりでございます。

もっともこの搦め手伝いに浜手とは、そのように間もございません。

万事これにあって浜手の容子の注進を聞くことにいたしております。

ところへちょうど穴観音の搦め手に備えておりまする所は、
かの津田山の麓にあいなっておりまして、
陣中の後ろ手を見上げるばかりの津田の高山でございます。

お話かわって、こちらは日開野金長の方でございます。

ぜんたい彼はこれまでうちいだし、今にも進むと見せかけまして、
津田方の浜手に陣所を構えたという注進を聞いて、
その夜も翌夜もここに止まっておるというのは、
これは戦いの巧者な狸でございますから、
敵の挙動を計っておるのでございます。

十分敵の勇気のくじけたるところを待って、
不意に押し寄せて、
一挙に六右衛門を撃ち取ろうという考えでありますから、
そこで部下のめいめいに下知を伝えまして、
かの江田村の千代が丸というところに出陣をいたすことになりまして、
にわかにこの所へ厳重に備えを立てるということになりまして、
敵のその夜の容子を段々探らせたることでございますところが
敵も初めの程は厳重に備えを立っておりまする奴が、
追々油断が出てきまして、
まして浜手の陣中は、ただ四天王ばかりがその所を守っておりまして、
毎夜の酒宴(さかもり)ということにあいなって
大将六右衛門はここに出陣と見せかけまして、
その実は穴観音の城内へ帰り、どうやら姫の葬送(ともらい)をいたし、
よほど気を腐らしておるという注進でございます。

これによって金長は我が計略思う存分に参ったりと悦びました。

ところが三晩までというものは、すこしも押し寄せる容子はありませんでしたが、
第三日目の夜、相変わらず忍びの者を出(い)だしまして、
浜手なり、また穴観音の※搦め手の容子をうかがわせたることでございます。

しかるに追々と注進を聞いてみると、
敵はますます油断をいたしたる容子でございます。

よって金長は面々に対(むか)いまして

金長「しからば今宵の夜の払暁(ひきあげ)を待って、
敵の十分油断の体(てい)を見計らい、
短兵(たんぺい)急に押し寄せて、
かの浜手の手輩(てあい)を討ち取ることにいたさん。
おのおの方、十分お働きを願いたい。
我はこれより津田山の鹿の子の砦(とりで)に対してこれを陣所と定めて、
浜手において戦いが十分激しくあいなったるところへ、
不意にかの砦より踏み下ろして、
敵の大将の備えを立っておる※搦め手の方へまわって
ただ一戦の下(もと)に六右衛門を撃ち取らんとあい心得る。
よっておのおの方は乗り出すところの用意を願いたい。」

これを聞いたる一統のめいめい

「なるほど、これは至極よい計略であります。
しからば左様にいたさん。」

というので、皆々浜手に乗り出さんという、その準備をいたしたことであります。

ところがここに、かの小鷹熊鷹の二匹でございます。

小鷹「御大将に申し入れます。
私はもとより先陣の役を願ったのではございまするが、
目指すは穴観音の六右衛門の首級(くび)を上げようというのが望みでございます。
よって浜手はただ傍(はた)のめいめいのみであれば、おのおの方にお乗り出しの程を願いたい。
我々はその搦め手の方に、うち向かいたいと思います。
貴方のお供をいたして、共々津田山へ出でて、以前鹿の子が棲息(すまい)いたしました砦、その方から向かいたいのであります。」

そこで何分(なにぶん)山手より軍勢を乗り下ろそうという勢いでございますから、
柔弱な者ではなりません。
よって自分の先鋒(さきて)といたして、かの鷹兄弟の者を先陣といたし、
屈強の兵士(つわもの)およそ百匹足らず、十分身支度をさせまして、
ついに金長は臣下に申しつけまして馬をひかせ、大胆にもこの津田山の方へ対して備えを変えるということになりました。

津田方の手輩(てあい)は左様なこととはすこしも存じません。

ますます酒宴をいたし、浜手におきましては十分油断をいたしております。
ことに大将六右衛門より、
今宵はこの方退屈であるから、
どうか四天王のめいめいも我が手許に来たって一盞(さん)傾けるがよかろう
とのことでありました。

後には津田の浜手に備えを立っておりました手輩(てあい)は、いずれも油断をいたして、
皆々穴観音の※搦め手の方に集まって来ました。

ここで大将分の手輩は皆々集まっての酒宴でございます。

だからその夜は津田方は大いに油断をいたしておりまする。

その容子を聞いたところから、日開野方はいよいよ戦いは今宵に限るというので、
勇み立って先鋒(さきて)の手輩は、その夜の丑刻(やつ)という頃おい、
ソレ乗り出せというので合図をいたしますると
ドッと鯨波(とき)の声をあげましたることでございまして、
たちまち津田の浜手へ対して押し寄せて参りました。

ところが津田方の手輩は酒宴を催しておりまするところへ、
不意に乗り込んだのでございますから、
イヤハヤ一同の者は驚いたの、驚かないのと、
一頭(ぴき)といたして、ここに踏みとどまって戦うという奴はない。

「そりゃ来た、とんでもないところへ敵が押し寄せてきた」

というので、なかなか一堪(ひとたま)りもございません。

八方に散乱をいたし、いずれも手の舞い足の踏みどころを忘れまして、
我一と逃げ出すことでございます。

日開野方は得たりやおうと逃げる奴を八方に打ち倒しますることでございます。

中には礫(つぶて)の名狸の奴らは、
めいめい小石を拾ってドシドシ打ち出すのでございますから、
さながら雨あられのごとく、
それがために散々な目に遭いまして、
津田方は目も当てられぬところの有様でございます。

ところが今宵は四天王の手輩は、皆※搦め手の方へ参りまして、酒宴を催しておりました。

しかるにここの留守を預かっておりまする者の頭(かしら)と見えて、
山中(やまなか)転太(ころんだ)という者、
一生懸命にあいなりまして、第一番に此奴(こやつ)は逃げ出した。

○「オイオイお前は逃げてくれて、我々はどうする。」

転太「馬鹿なことを言え、お身達はこの所で食い止めていらっしゃい。
我は第一番に御大将の方へ注進に及ぶのだ、逃げて行くというような卑怯なことはしない。」

と、口では大言(たいげん)を払ってはおるものの、実は戦いが怖いものですから、
その搦め手の方へ足に任せてドシドシ駆け出しました。

ついに本陣の前まで来ると、コロコロ上の方から転がって参りまするなり、
大将の酒宴をいたしておりまするところまで来ると

転太「御主君、恐れながらご注進に及びまする。」

と、ついにその所へバッタリ平倒(へた)ってしまいましが、
おのれの持ち前の大きな目をギョロギョロ光らせまして、
後は息がはずんで物を言うことが出来ないと見え、
ただ目ばかりパチパチさせております。

大勢の手輩はここで酒宴(さかもり)をいたしておりましたが、
大将六右衛門はこの体を見るというと、大いに驚いた。

六右「コリャ汝は山中ではないか、して注進とは何事であるか。」

転太「タタ大変でございます。御大将、あわててはいけません、まずおしずまりあそばせ。」

六右「馬鹿なことを言え、おのれが全体あわてているのではないか、
して注進とは何事である、早く申せッ。」

転太「エエ、恐れながら申し上げまする。
来ました来ました。」

六右「何が来た。」

転太「我々は、今晩大将のお側にて御酒宴が始まりまして、
皆四天王の方々はお留守中でございますから、
それゆえ油断なく浜手の陣所を守っておりましたことでございます。
ところが思いがけなく、にわかに起こる鯨波(とき)の声、
これはと思ってよくよく見ますると、
日開野の同勢およそ一千足らずでございましょうが、
目に余るところの大軍でございました。
それがどうも早(は)やなかなかえらい勢いでございまして、
乗り込むなり礫(つぶて)をもって打ち出(いだ)しました。
ことに歯節(はぶし)の達者な奴がそれへ押し出してまいりまして、
噛(かぶ)り倒す、
よって先鋒(さきて)の手輩はいずれも八方に、右往左往に散乱いたし、
すでに我々も一命危うく、逃げるに途(と)を失いまして、
ようようのことに私は第一番にこの所へ御注進に参りましたのでございます。
大将お早くお逃げなさらぬと、今にあの同勢がこの所へ襲い来たることでございます。」

と、目を白黒させて注進いたしたる時

六右「ナニッ、しからば今宵、金長めが不意に夜撃をかけたというのか。
不埒なことをいたす奴。
金長の乗り込むこそ幸い、いでや、この六右衛門の牙にかけてくれよう。」

と床机(しょうぎ)を離れて、その身はスックと起ち上がったが

六右「ヤアヤア、者ども、馬をひけッ」

と下知をいたしました。

なにぶん、宵のほどからの酒宴(さかもり)、
その身は十分に酩酊(めいてい)をいたしておりますから、
肝心の足元が自由になりませず、よろばいよろばいいたしまする有様を、
一統のめいめいはこれを見まして、
さては大変、いかがいたしたらよかろうかと、互いに顔を見合わせておりました。

しかるにこの折柄(おりから)、四天王の一匹、川島九右衛門といえる者、
大いに憤りまして

「アイヤ御主君、貴方はこの所にあって当所をお離れにあいなってはなりません。
金長若狸(じゃくり)の分際といたして、
生意気にも今宵の夜撃とは奇怪千万(きっかいせんばん)なことであります。
いでやこの川島九右衛門がうち対(むか)って、彼を撃ち取ってくれん。
ヤアヤア誰かある、我に続けッ。
作右衛門、汝(なんじ)は御大将の側を離れてはあいならぬぞ。」

ようようここで二百匹ばかり屈強の部下を集めましたことでございまして、
その身はたちまち乗り出さんという勢いでございます。

ところが傍らにあった多度津の役右衛門

役右「しからば我も乗り出さん。」

というので、川島の後に続いて勢いこんで乗り出しました。

後に弟の作右衛門

作右「まず御大将、暫時この所で勇気をお養いあそばせ。
なにぶん、お足(みあし)が危のうございます。
しかし馬をこれへひいておけッ
油断はならぬ敵勢が何ほどこれへ乗り込もうとも、
この作右衛門が目に物(もの)見せてくれん。」

と、あい待っております。

ところが川島九右衛門はドッとばかりに浜手へ押し出してまいりまして、
陣所の容子を見ますると、
イヤハヤ味方は散々でございまして、
日開野方のためにうち悩まされ、八方に右往左往に崩れ立つところの有様、
敵は勝ち誇っておりまするところから、
これでは到底ならぬと思いまして、
早速多度津の役右衛門に申しつけ、新手(あらて)百匹という者を集めまして、
自分は屈強の兵士(つわもの)百匹ばかりを従え、
今、戦いの真っ最中のところへ、
ドッと面(おもて)も振らず乗り出したるところの有様でございます。

九右衛門は獅子奮迅の勢いにて、
会釈もなく当たるを幸い噛(く)い散らすというの有様、
これがために金長方は戦いが開(ひら)けましたることであります。

ところがここに敵中より、敵の大将と見えて罷(まか)り出で、
大音声(だいおんじょう)に呼ばわった。

○「ヤアヤア、それへ来たったるは穴観音の弱虫の奴輩(やつばら)であるか。
なんじら小狸(しょうり)の分際として、
我々にむかって戦いをいたすというのは、
鼠の虎にむかうが如し。
今より心を改めて降参いたすなら、一命のほどは助けてとらせる。
さもなければ、なんじらは鏖殺(みなごろ)しにいたしてくれる。
我をぜんたい何者と心得る、定めて噂に聞きつらん、
我は地獄橋において、かの古塚を守りおる、
しかも正二位の位階(くらい)を受けた、
衛門三郎とは我がことである。
皆の奴輩、降参をいたせッ。」

と呼ばわりながら、味方を従え敵中へ駆け入ったが、
八方へうち悩ますところの勢いでございます。

ところがこれを承った川島九右衛門は、大いに憤り

九右「ヤア小賢しいところの衛門三郎めが大言(たいげん)、
我未だ百六歳なれども、穴観音の身内において一二を争う四天王の随一といわれたる、
川島九右衛門である。
なんじ高官を授かりながら、しかも金長ごとき者に助勢なすとは何事である、
甚だもって不埒な奴、
いざ我が歯節(はぶし)をくらってくたばれッ。」

と雷のごとき声をあげまして、真正面より打ち込み来たることでございますから、
衛門三郎は大いに怒って

三郎「心得たり、
九右衛門とやら、おのれ小狸(こだぬき)の分際といたして、
高位である我にむかって無礼の一言(ごん)、
もとより我はいたずらに事を好んで、日開野方に味方をせしにはあらず、
ぜんたい汝(なんじ)の主といたす穴観音の城主六右衛門はめは、
この四国の最高位でありながら、
おのれ狸族(りぞく)の者を日頃苦しめ、日々に暴威を募らせるという、
よってこれがために幾千というもの、その苦しみを受けおること、
もとより金長なる者は天晴れ義侠のある者にいたして、
この度義旗(ぎき)を挙げたというのは、
六右衛門を滅ぼし、数多(あまた)の狸族(りぞく)を助けんという、
その殊勝に愛で、ついに彼の味方をいたしたるこの方である。
いでや我が手練(てなみ)のほどを見せてくれん、ソレ川島方を撃ち殺せッ。」

と呼ばわりましたることでございます。

この時、後方(うしろ)に控えましたる石投げの名狸(めいり)、
水越(みずこし)の小鴨(こかも)、芝生の高塔(たかとう)、根井のお玉というような手輩(てあい)
皆々大石小石をうち投げうち投げ、
敵中にむかってドシドシ投げつけました奴は、
雨霰(あめあられ)の如くでございます。

津田方は、これがために頭を砕かれ、あるいは背中を割られ、肩腰の差別もなく、
あるいは片足を折られまして跛行(びっこ)をひきながら、
後方の方へドッと引き退く奴もあります。

それらの者には目もかけずいたして、
大将川島九右衛門を撃ち殺さんというの有様でございます。

この時すでに川島方は鏖殺(みなごろ)しにあいならんと見えました。

折柄かの穴観音の※搦め手より、
川島九右衛門を遣わしたとはいえども、なお心元なく思いますから、
その援軍といたして百匹の同勢を従え、
さながら砂煙を蹴立ってドッと乗り出しましたるは、
これぞ津田方において軍師ともいいつべき、
千切山(ちぎれやま)の高坊主(たかぼうず)でございます。

ようよう今ここへ駆けつけました。

九右衛門の手はいかがであろうと見てあれば、散々に敗走をいたし、
すでに九右衛門は数ヶ所の手傷を受けながら、
討ち死にと決心をいたして戦っております。

これではならぬと思いましたか

高坊「ソレ一統の者進めッ。」

と下知をいたしておきまして、
身をブルブル慄(ふる)わせたかと思いますると、
たちまち此奴は変化の術に長けた奴でございます、
おおよそ※一丈あまりあろうという高入道にあいなりましたることでございまして、
群がるところの日開野方にむかい、当たる幸い乗り込んでまいり、
蹴倒し、蹴飛ばし大暴れに暴れ回る。

これがため

「オヤオヤ、大変に大きな奴が飛び出したわい。」

と大きに驚きまして、日開野方は追々と八方に散乱いたす、
見る見るうちに数多これがために討ち死にをする容子でございます。

ところが衛門三郎はこの体(てい)を眺めて大きに怒り

三郎「ヤアヤア味方の軍卒、必ずあわてるな。
あの大坊主と見えるのは千切山の高坊主に違いない。
彼にむかって戦いをせんとする時は、必ず上を見ることはならぬ、
皆々目を下に着けて、その上うち向かうべし。
彼が足元を撃てよ、足を掬(すく)え。」

というので、下知をいたしました。

この時、女狸とはいいながら衛門三郎の教えにしたがって、
敵の容子をうかがいおりました、
かの松の木のお山、
これは麗しいところの婦人に姿を変えまして、
高坊主を望んで得物をうち振ってうち向かいましたることでございます。

ことに衛門三郎の教えの通り決して上は見ません、下を下を見下しますると、
アラ不思議なるかな、
今まで敵は一丈あまりの大入道の姿であった奴が、
たちまち一二尺の小さな小坊主の姿となり、だんだん小さくなってまいりました。

松の木のお山は大いに悦び

お山「ヤアヤア、汝(なんじ)は千切山の小坊主であるか。
もはや汝(なんじ)の術は看破(みやぶ)られたることである。
いでや覚悟をいたせッ。」

というより早く、牙を剥き出して彼が肩口を望んで、
ガブリと一噛(ひとかぶ)り噛(かぶ)りついた。

ところがこの時、高坊主は自分(おのれ)が化術(けじゅつ)を見現され
今はいたしかたがない、
ところへ非常に歯節の達者な奴に一噛(かぶ)り
肩口を噛(かぶ)られましたることでありますから、
アッとばかりに驚いて、おのれ残念と心得ましたが、
なかなか松の木のお山の勢いは盛んでございまして、
とうとう一振り振り回されて、ついに彼は倒れまする、
ところへ乗りかかって取り押さえ、気管(のどぶえ)を望んで噛(くら)いつき、
まったくこのお山の歯節の達者なため、
軍師と言われた千切山の高坊主も、
ここにお山狸のために噛(く)い殺されたることでございまする。

たちまち首を噛(く)い千切り、お山は目よりも高く差し上げまして

お山「ヤアヤア遠からぬ者は音にも聞け、
敵方において剛(ごう)の者と噂を取ったる千切山の高坊主は、
日開野金長の身内にいたして、女狸(おんな)ながらも松の木のお山、
ものの見事に撃ち取ったり、
後日の高名を争うな。」

と大音声(だいおんじょう)に呼ばわったことでございます

いずれも津田方の手輩(てあい)はハッと驚いてよくよく見ると、
まったく高坊主は早(は)や首級(くび)とあいなったることでございまして、
サアここにおいて、またまた備えがドッと乱れ出しました。

日開野方は十分に勝利を得ましたることでありまして、
めいめい腹鼓を鳴らしまして

「進め進め」

と下知をいたしました。

すると後陣に控えておりました多度津の役右衛門、
先陣(さきて)の川島九右衛門は数ヶ所の手傷をこうむっておる、
何でも彼と一緒になろうというので、我が身は一心に戦っておりましたが、
思いがけなく千切山の加勢はあり、まずこれなればと思いまして安心をしておると
ついに女狸(めだぬき)のために高坊主は噛(く)い殺されましたので
今はこれまでなり、と思いまして、
役右衛門はドッとばかりに進んでまいり、
日開野勢の後方(うしろ)から当たるを幸い、八方に噛(く)い散らして回りまする。

しかるに日開野方の後陣に備えを立っておりましたる高須の隠元

隠元「ナニ猪口才(ちょこざい)なるところの役右衛門、
いでや此方(このほう)の手練(てなみ)を見せてくれよう。」

というので、同じく石を投げつけドッとばかりに戦いを始めかけました。

隠元「我は日開野方の軍師と言われたる高須の隠元なり、いでや来たれ。」

とあって、役右衛門の同勢の横合いから打ち込んでまいりまする。

ここにおいて役右衛門の同勢は八方に散乱いたし、
またまた大いに戦いは難渋(なんじゅう)の容子でございます。

敵も味方も入り違い、今は同士撃ちとあいなったることでございまして、
もはや役右衛門もこれまでなりと、
ようようのことに部下を数多撃たれまするとはいえども一方を斬り開きまして、
ついに川島九右衛門の同勢と一手になり、
術計尽きたるところから、
ここに両将相談の上、穴観音の※搦め手へ注進をいたし、加勢の援兵を請う、
これが一つの手違いとあいなりまして、
はからず役右衛門に続いて後の加勢として、八島の八兵衛来たって戦死の一條から、
こなたは穴観音の※搦め手においては、鷹兄弟のために川島作右衛門戦死に及ぶという、
追々狸合戦も佳境に入ってまいりまするが
チョッと一息、御免をこうむりまする。

※搦(から)め手…城の裏門。
※一丈…約3m。
※一二尺…約30~60㎝。

津田浦大決戦 古狸奇談 第六回へ続く

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