津田浦大決戦 古狸奇談

津田浦大決戦 古狸奇談 第三回

さて、今日ここに集まりました者は、いずれも主狸(あるじ)の顔を…

さて、今日ここに集まりました者は、いずれも主狸(あるじ)の顔を眺めておりました。

そのうち田の浦の太左衛門は金長の容子を眺めまして

太左「これはこれは、金長どの、御身の今日のお帰りは実に目出度いことである。
もっとも御身の下僕(しもべ)の注進によって、今朝よりいずれも部下の眷属を集め、御身の帰館を待ち受けに及んだる者数多あり
申すまでもなく定めて授官いたされたのであろう。
しかしそれは正一位に相違あるまい。
マア何はしかれ、まことに万歳なことである。」

と、大きに太左衛門はよろこぶ。

一同の者は金長を祝し、めいめいそのところに集まり、双手を挙げて万歳を三度呼ばわりながら

「金長どの万歳」

まるで凱旋の兵隊さんをお迎えいたしたような塩梅でございます。

現在(いま)なら狸も開けておりますから、そうでもあろうという、これは伯龍(わたくし)の想像であります。

ところが、なんとなく金長の容子が変でございますから、いずれも不思議に思うております。

この時、藤の樹寺の小鷹はなんとなく虫が知らすのか、気にかかってなりません。

小鷹「アイヤ、金長公に申し上げます。
この度のお帰りはお目出度いことでありますが、我が父の鷹はおりませぬが、父はいかがいたしましたことでございます。
その辺のところを伺いたてまつります。」

と、金長のことばを待たずして、第一番に小鷹がその事を尋ねました。

この時まで太息(といき)をついておりました金長は、
鷹の兄弟に対(むか)いしまして、
今は何というてよいものかと、思わずホッと溜息をつきまして

金長「さてさて御一同の方々、今日(こんにち)拙者(それがし)の帰りについて、
わざわざここにお集まりくだされ、我を祝しくださる段は、実に何ともお礼の申しようもござらぬ。
しかし拙者、出立の節、申し上げた通り、首尾よく授官をして帰館となれば、この上もなき大慶なれども、
まことにもって、おのおの方に申し上げるも面目なき次第なれども、
この金長はこの度大いに失敗を仕りました。
実に思えば残念の至りでございまする。」

と、落涙いたす容子でありますから、
田の浦の太左衛門はこれを聞きとがめまして、一統の者のことばを待たず

太左「これは奇怪なるその一言。
すでに一ヶ年あまり修行をいたされ、穴観音に居されしにはあらずや。
しかるに貴殿にも似合わず失敗とはいかなることであるか。
サアその仔細を物語られよ。何事でござるぞ。」

と詰め寄った。

いずれも金長の返答如何(いかん)と席を進みました。

ここに至って金長、いつまでも隠しいるという訳にもなりませんから、そこで

金長「彼の穴観音に至りまして一ヶ年あまりその身は修行をいたしておりました。

ところが彼の六右衛門の気質より、また娘の小芝姫の懸想(けそう)の一条、
この度六右衛門、我を味方に引き入れんがため、長く穴観音に足を留めさせようといたし、娘の養子となってこの地に留まれとある。

我、一旦日開野の大和屋茂右衛門どのに受けた恩あれば、長らくこの地に留まることは成りかねる。
願わくば大和屋守護のために立ち帰りたいと、そのことを六右衛門に述べたるところ、
六右衛門、日ごろの悪心(あくしん)たちまち起こり、
我に官位を授け、帰す時は、かえってその身が四国の総大将の権威を奪われんかと、
彼、疑いの心より、一旦我に授官のことを申しながらも、六右衛門は卑怯にも我が旅宿へ夜撃ちをかけたる次第は、
これこれ斯様斯様(かようかよう)の訳合、
我を撃たんと計ったが、津田山の鹿の子といえる者の注進によって、
我は鷹とともにまずこれを防ぎ、敵を一時は悩ませしといえども、
多勢に無勢、ついに不憫にも鷹はその場において討死をなしたる次第は、斯様斯様(かようかよう)、
残念ながらこの金長は鷹の死骸を持ち帰るわけにはならず、ようよう傍らに仮埋葬をいたして、しるしの石を建てて、
我は一方の血路を開いて、残念ながら帰館をいたしたことである。
この度の失敗は御免ください、この通り。」

と肌押しぬぎて見せましたる時は、身体は数ヶ所の負傷(てきず)でございます。

この容子を見ましたいずれも一統のめいめい、
ハッと呆れ果てまして、互いに顔を見合わせて、誰一匹といたしてことばを発する者もなく、
しばし、その場はしずまりかえりおりましたが、
金長はこの時再び一同にむかい

金長「実に拙者(それがし)のこの度の大難は、鷹の働きによって一命を全ういたして引き上げるとも、
我が股肱の臣たる鷹を撃たれ、何(なに)面目あっておのおの方に面(おもて)を合わされましょうや。
なれどもこの度、誓いし大和屋の主人に暇乞(いとまご)いかたがた帰ると、そのまま大和屋に至り、
ようようこれへ引き上げましたような次第、
よってこの上は部下の眷属を従え、穴観音へ逆寄(さかよ)せをいたし、六右衛門を撃ち取り、鷹の弔い合戦をいたさんと思い
無念ながらも引き上げて帰りしはこの次第。
さて改めて申すまでもなく将来(あとあと)のところをお願い申しますが、
田の浦の太左衛門どの、
ことに我が受けたる恩義を報わんがため、たとえ拙者討死をするとも必ず我が眷属をもって当家を守護仕る、後のところをよろしく願うと、
大和屋さまに申しおいて立ち帰りました。
サア斯(か)く決心をいたす上からは、我を思わん者は我に従い、どうか出陣のご用意くださるよう、
しかし心の進まぬ者は無理にとは申さぬ、いかがでござる。」

と一統の顔を眺めた時、いずれもホッと太息(といき)をついた。

未だそのことばの終わらざるうちに、
小鷹、熊鷹の兄弟は、この度我が父の討死と聞きまして、
実に残念と歯切(はがみ)をなし、さっきから身を慄(ふる)わしておりましたが、

小鷹「アイヤ、御大将、この上からは我々兄弟、若年ながら、
父を撃たれまして、その子といたして、なんぞ安閑(あんかん)としておられましょうや。
ともに天を戴かざる父の敵(かたき)、おのれ六右衛門め、他の者に首級(くび)を渡してなるべきか。
なにとぞ金長公、我々を先陣といたしてお供を許してくださいまするよう、ひとえに願いたてまつる。」

と思い入って述べましたることでございます。

その勇気は人間も及ばざるところの有様でございます。

よってこの席に列(つら)なるいずれものめいめい、兄弟の心を察し、げに有理(もっとも)と思われましたことであります。

金長はこれを聞いて大きに悦び

金長「その儀はもとより拙者(それがし)の望むところである。
しからば先陣の役は御身ら兄弟に申しつける。
さて他の方々の御所存はいかがである。」

といわれたる時、いずれも一統の者は

○「これは大将の言わっしゃるのも無理はない。
おのれ六右衛門め、この上からは我々お供を願いたい。」

△「拙者(それがし)もお供を願いたい。」

×「身共(みども)も。」

○「我が輩も。」

△「僕も。」

そんなことも言いますまいが、何條(なんじょう)、この場に及んで一座のめいめい躊躇いたしましょうや。
皆々ともに出陣をしようという意気込みでございます。

するとこの末座のうちより一匹が進み出でました。
これは松の木のお山狸というのでございます。

お山「アノ金長さまに申し上げます。わらわ女の身をもって差し出がましいことでございまするが、
思いますることを申し上げませんも如何(いかが)と心得まする。
まず、わたくしが一言いたしまするが金長さま、この度の御失敗は実に貴方の御心中をお察し申し上げます。
しかしながら相手は六右衛門でございます。
これは申し上げるまでもなく、当四国においては総大将という権式(けんしき)を持っておるのでございます。
さればその眷属も余程数多(あまた)あるであろうと心得まする。
それらの手輩(てあい)が皆味方をする時には、マア数千にも及ぶであろうと思いまする。
定めてこの度貴方を逃がしたというのでいずれ逆寄(さかよ)せをいたすに違いないと、
穴観音におきましては、十分その用意をいたして待っておるであろうと思います。
さようなところへ乗込みまするのは、よほどこちらが手堅ういたしておきませんと、
かえってうち出だしまして味方が敗走するようなことではよくないと思いますから、
まずわたくしの考えでは、十分にここで手もとを堅めておきまして、
領分の出口出口には伏勢(ふせぜい)をかまえ、
貴方はここでじっと籠城あそばしては如何でございます。
さすれば敵方におきましては、かえって苛(いら)ってこの地へ逆寄せをするであろうと思います。
彼を十分手もとへ引き寄せまして、思いがけなく伏勢が起こって、にわかに彼を取り巻いて皆殺しにいたしますると、
地の理は十分勝手を覚えておる者ばかりでありますから、
かえってその方が勝利のように思いまする。
皆さまいかがでございましょう。」

と自分(おの)が所存を述べました。

するとこの時、金の鶏といえる奴は、なかなか気性の優れた狸でありますから

金の鶏「アイヤ、お山どの待たっしゃい。その計略(はかりごと)は甚(はなは)だよろしくない。
たとえ六右衛門の方にいかようの手配りがあるにもせよ、何條(なんじょう)何ほどのことやあらん。
他の者はいざ知らず、拙者(それがし)などは、穴観音に進んで参って、敵方の奴らを片っ端から噛(くい)殺してくれようとあい心得る。
いざ金長公、速やかにご出陣のご用意を願いたい。
我も共々、鷹兄弟と同様進みますることであります。
なんといずれもの方々、御異存はなりますまい。」

と小鷹は大きに勇み立ちまして

小鷹「如何さま鶏どのの言わるる通り、拙者(それがし)とてもその通りであります。
敵の奴輩(やつばら)がいかように手段(てだて)を施そうとも、我々兄弟の歯節にかけ、片っ端から噛(くい)殺してくれん。
六右衛門を引きずり出だして我々の牙にかけいでおくべきか。
サア御大将、ご出陣のご用意あってしかるべし。」

なかなか勢いは盛んでございます。

この時、高須の隠元は

隠元「まずしばらくお控えを願いたい。
なるほど、おのおの方の申さるるところも一理あり、
また松の木のお山の言われるのも、これ無理ならざる次第、
敵には十分この度はその準備をいたしてあい待つであろう。
よって我々はこれから同勢を繰り出し、穴観音へは夜のひき暁方(あけがた)に進み行き、そこでまずチョッとその近傍にたむろをいたし、
敵の容子を確かに探索をするのである。
敵の準備の油断のところを見澄ましてうち入らば、必ず敵は狼狽(うろたえ)散乱せん。
その虚に乗じて大将六右衛門を撃ち取らんこと、我が方寸(ほうすん)のうちにあり。
今一時に押寄せる時は、むこうも十分気が立っておるから、大将を撃ち漏らしては甚だ不都合である。
よってたとえ出陣をするとも、むこうの気のひるむを待って、押し寄せてはいかがでありましょう。」

さすがは高須の隠元といえる者は、なかなか古狸だけあって、チョッと考えがあるものと見えます。

これを聞くと大将金長は横手を打って大いに感心をし

金長「いかにも、今よりすぐに押寄せるよりは、夜のひき暁方を待って、敵の気のひるむところへ乗込むとは、これはよい思い付きである。
ソレいずれも出陣の用意をなさい。」

隠元「心得ましてございまする。」

と、今にも乗り出ださんという勢いでありますから、
太左衛門はこれをうち眺め

太左「いかに金長、御身(おんみ)それではどうしても進むと言われるか。」

金長「左様、たとえ一命は終わりましょうとも、私は鷹に対してあい済まざる次第でありますから。」

太左「ムウ、もっともだ。
我とても、四国の総大将六右衛門の日ごろの圧制を甚だ憎みおったことである。
よって義を見てせざるは勇(いさみ)なし。
しからば田の浦の太左衛門も御身に一臂の力を添えよう。」

金長「なんとおっしゃる、さては御貴殿までが御助勢くだしおかれまするか。」

太左「されば。」

金長「アア有難きしあわせでございます。
貴方の御助勢のありまする時は、実にわたくしは百万の味方を得ましたよりも有難く心得ます。
田の浦太左衛門公の御助勢があれば、南方の者一統は誓って我に味方をしてくれましょう。」

太左「それは申すまでもない。
我々が口を出す時は、総じて南方の者は日ごろ恨みおるところの、彼の六右衛門を滅ぼす時節来たれりと悦び、
定めてこの方に味方をするであろう。
よって一統の者に通知をいたすがよかろう。」

ここにおいて金長は早速※回章(かいしょう)をしたためることになりましたが

「この度、穴観音の総大将六右衛門征伐について、彼の田の浦太左衛門どのも金長に一臂の力を添えて乗り出だされる。
我と思わん者は来たってこの同勢に加わるべし。」

という回章をしたため、手分けをいたして回しました。

何しろこうなりますると、いよいよこの界隈に棲息(すまい)をしまする多くの狸連中は、皆金長の方に味方をするのでございます。

サア乗り出だそうというその勢い、盛んに準備をいたしております。
ところへ、あわただしく乗込んで参りましたる一匹の小狸

小狸「恐れながら御大将金長公に申し上げます。」

金長「何じゃ。」

小狸「ただ今、おもての方へ一匹の牝狸(めだぬき)でございまするが、金長公にお目通りを願いたいと申してまいりました。」

金長「ナニッ、牝狸が一匹参った、それは怪(け)しからぬことである。何者であるか。」

小狸「さようでございます。まったく穴観音の方から参りましたそうでございます。
名前を聞きましたら小鹿の子(こがのこ)と申しております。」

金長「ムウ、さては小鹿の子が参ってくれたか。
彼は鹿の子の妻にいたして、ことに小芝姫のもとは乳母(めのと)役を勤めておった者である。
何用あって参ったるか。
何はともあれ、早々これへ通すがよい。」

小狸「心得ましてございます。」

と下がってしまいまする。

しばらく経って案内に連れられ小鹿の子はこの席へ来たりましたが、
よほど血相変えておりまする容子。

金長「オオ、これはこれは小鹿の子どの、御身(おんみ)大胆にもただ一匹、何用あってこれへ来さっしゃった、
定めてこれは容子があろう、その仔細はいかがでござる。」

小鹿「金長さま、お懐かしゅうございます。」

なかなか気は立っておりまするものの、そこは何を申すも牝狸(めす)のことでございますから、
金長の顔を見るというと、ワッとその場へ泣き倒れました。

金長「これはしたり、泣いていては容子が分からぬ。ぜんたい、いかなる次第であるか理由(わけ)を言わっしゃい。」

ようようのことに小鹿の子は顔を上げまして、涙を払い

小鹿「金長さま、実に残念なことをいたしましてございまする。」

とここにおいて鹿の子の最後の次第を物語りました。

その上、姫は父を諫めて、まったく穴観音において自害をいたしました。

六右衛門は娘の異見を用いず、
ことに夫鹿の子が貴方さまよりの書面を彼に渡しましたるところ、
六右衛門はこれを見て非常に怒り、
近傍の味方の者を集め、すでに貴方を征伐いたさんというので旗をひるがえし、この日開野の森へ対して押寄せんとて、
その同勢はまったく津田浦の浜辺において勢揃いをいたしておりました。

わたくしは混雑に紛れまして、ようようここまで先回りをして参りましたが、
今に程なく津田方はこれへ押寄せて参るでございましょう。

ただただ願わくば、わたくしの夫の敵(かたき)六右衛門をせめて一太刀(ひとだち)なりとも恨みたいと心得まする。
お願い申します、金長さま、女でこそあれ、なにとぞ貴方の同勢のうちへお加えあそばしてくださいまするよう
これをご覧くださいまし。」

と、懐中より一包の黒髪を取り出だして差し出した。

小鹿「これはわたくしが穴観音の館を抜け出だしまする時、
小芝さまは御生害、もはやあい果てましたる後のことと
せめて髪なりともお形見にと思いまして、わたくしが切ってまいりました。
これぞ姫の黒髪でございます。
どうぞ一言のお暇乞(いとまご)いをあそばしてくださいまするよう。」

と涙にくれて差し出だした。

大将金長はこれを受け取り、大いに驚いて歯をくいしばり

金長「さては小鹿の子、鹿の子どのには左様な次第で最後を遂げられしか。
我、この度鹿の子どのの通知(しらせ)あらざりせば、いかで一命の助かるべき。
我がためには大恩人。
ことに小芝姫の自害、アア敵の娘ながらも天晴なる志、金長決して忘れはせぬ、
必ず未来では我が妻なり、冥途において、あい待ちくれよ。
蓮の台(うてな)の侘住居(わびずまい)、この世の縁は薄くとも、彼の土で長く夫婦とならん、
半座を分けて待っていよ。」

と、黒髪取って顔に押し当て、しばし涙にくれました。

この時小鷹は金長にむかい

小鷹「恐れながら申し上げます。
ただ今小鹿の子とやらの注進では、もはや穴観音の奴輩は津田の浜辺で勢揃いをいたしておるとのこと、
それこそもっけの幸い、
敵がわざわざ押寄せるにこのまま待つべき理由もなく、
いざ我々兄弟先陣の役目をいたして繰り出だしますることでござる。
金長公は後詰(ごづめ)として後よりお繰り出だしのほどを願いまする。」

金長「ムウ、しかしあまり早まったことをいたさるるな。
敵の容子を見澄まして、その上戦う時には必ずこの方と打ち合わせられよ。
我も追っ付け出陣いたそう。」

この時、田の浦太左衛門は

太左「兄弟、早々出陣あれ。」

このことばの終わるを待って、小鷹熊鷹は勢い込んで突っ立ちあがり、そのままこの所を飛び出だしました。

小鷹「ヤアヤア誰かある。藤の樹寺の小鷹熊鷹の手の者、これへ来たり早々出陣の用意をいたせッ。」

と、わずか五、六十の眷属どもを従えまして、
ひとつは父上の弔い合戦、おのれ六右衛門、彼奴(きゃつ)の首を引き抜かいでおくべきやと、
ここで藤の樹寺の鷹の兄弟が先陣として乗り出だすという、
これより狸合戦の端緒(いとぐち)を引き出だすお話でございますが、チョッと一息いたしてまして。

※回章(かいしょう)…回状のこと。

津田浦大決戦 古狸奇談 第四回へ続く

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