実説古狸合戦 四国奇談

実説古狸合戦 四国奇談 第八回

さて前回に伺いましたごとく、金長はいかにも不思議に思いました。

さて前回に伺いましたごとく、金長はいかにも不思議に思いました。
よって鹿の子の顔をつくづくとうち眺め

金長「何がために、ただ今より出立(しゅったつ)をいたさねばならぬか。どうも一円、合点がいかぬ。」

鹿子「これには段々、訳があることですから、かえってそれは貴殿が聞かぬがよろしい。」

金長「そうではない。理由の解らぬことをば、そのままにいたしておいて、
ましていわんや師匠へ一言の断りもなくして、このまま出立はどうも煩わしいことであります。
こういう理由だから夜が明けるまでに出立をせい、と言われることなれば、いたしかたがない。
御身がそうして親切上をもってお知らせにあずかったのは、何か理由のあることと心得まする。」

と、金長はどうしても今から出立をしようと言いません。
そこで鹿の子は先ほどから金長の顔を眺めて考えておりましたが

鹿子「それほどまでにお尋ねにあいなるなれば、話をいたさぬこともないが、
そも主人の六右衛門というのは、御身も御存じの通り、あのような気質である。
一旦、善悪にかかわらず、こうと思えば、あくまでも、それを貫かんければならぬという主人の精神、
しかるに今宵、息女をもって御身に配偶(めあ)わせ、我が跡目相続をいたさせんとなしたるところが、御不承知とのこと、
よって彼が日ごろの気性をあらわし、一旦御身を思って言ったことが間違いにあいなったのであるから、
このままお手前を捨ておく時には、ついに正一位の官位を彼に奪われ、その上、我が後継(あとひき)を押領(おうりょう)せぬかという疑いの心がある。
よって我が望みの叶わぬ時には是非に及ばぬ彼をこのままに捨て置いてはあいならぬと、
早速自分の腹心、彼の四天王のめいめいを手もとへ呼んで、
様々ご評定(ひょうじょう)にあいなったのである。
しかるところが、彼の奴らはただ血気の勇に逸(はや)って、
日頃よりお手前が、天晴れ学に進んでおられるというのを嫉み妬みのところより、
御身を亡き者にするにはこれちょうど幸いの折柄と、
一ツは四人の奴らが主人に段々悪計を勧め、
今夜御身の旅館へ対して夜討ちをかけ、喰い殺さんという彼が決心、
また六右衛門もその議を大きに賛成をいたして、
しからば今夜、彼の旅館へ押寄せんと、一統の奴らが充分その準備をいたしておる。
拙者(それがし)姫の手もとより暇(いとま)を告げ、もはや御身がご承諾にあいなったことと充分に喜んで、主人のおそばへ出でんとしたる時に、
図らずその評定を立ち聞きいたしたような訳である。
これはけしからぬ、
昨日までも今日までも、御身をば我が婿にせんという、精神のある六右衛門公の心が、にわかに変わって、
もしか御身の身の上に不慮の凶事があってはならぬとあい心得、
すでにその居間へ飛び込んで、主人に段々と意見をいたさんとは心得たが、
一度こうと決心いたしたる六右衛門を、なかなか今更ひるがえさせようというのは容易ならぬことであるから、
それよりか御身の方へこの事をお知らせ申して、今夜はともかくもその鉾先を避けさせ、
しかして後、あくまでも主人に対して諫言をなすは我らの心のうちにある。
よって金長殿、ご立腹でもござろうけれども、訳はこういう次第であるから、
ぜひとも、ただ今のうちに、当所をご出立のほどを願いたい。」

理を分けまして、鹿の子が段々この事を勧めたることでございます。

よって金長もしばし鹿の子の親切上の一言を聞いて感心をしたが

金長「なるほど、さては御身がわざわざそうして先回りをいたしてお聞かせくだしおかれたその親切、
千万(せんばん)かたじけないことでございます。
私も六右衛門公を慕い、わざわざ数多の眷属を捨て、日開野より一年このかた当地に来って修行をするも何がため、
ひとえに官位をお授けにあずからんがため、苦心に及んでいて、
今さらその望み叶わんというところから、我を討たんと言わるるのは、
これまでのこととあい心得まする。
よって今にもこれへ六右衛門公を始めとして、四天王のご勇士の方々、
たとえ幾何千お出でにあいなろうとも、
金長は金長だけの思惑があるから、面会の上、その理解をなし、
もしかお聞き入れがない時は、また我にそれだけの所存がありますから、
御身の親切上はかたじけない。」

と、さらにここを今から立とうとは言いません。

しかし、それでは鹿の子はどうもこれまでわざわざ乗り込んで、
意見をいたした甲斐がないのでございますから

鹿子「強(た)って御身がこの地をご出立がないとあれば、
我がためには六右衛門公は主君、して見れば、
あくまでも御身へ抵抗をせんければならぬというような場合に陥ってみると、
実は拙者の心苦しいところは如何ばかり、
その辺のところをご推量あって、
どうか強いてご出立のほどを、
斯く申す鹿の子が両手を下げてお願い申す。」

としきりに鹿の子は頼み込むことでございますから、
両眼を閉じて先ほどからさしうつむいて、しきりに考え込んでおりました金長も、
鹿子の胸中を察しまして

金長「いかにも。それでは、ただ今より当地を発足いたしまして、
その鉾先を一応は避けるということにいたしますから、
なにぶんよろしくお願い申す。」

と、どうやら金長承知をいたしてくれた様子でございます。

これによって鹿の子は非常に喜んで

鹿子「いよいよ御身がそういうご了見なれば、私も夜中わざわざこれまで乗込んだ甲斐もある。
そういううちにも今に穴観音の同勢、これへ押寄せまいらぬとも計りがたいから、
どうか一時も早くご出立のほどを願いたい。」

とくれぐれも意見をいたしておいて、
その夜深更に及んで、彼の鹿の子は金長にわかれを告げまして
仕度もそこそこに立ち帰ってしまいました。

後にしばしの間は金長考えておりましたが、
折しも次の間より※唐紙をサッと開いて、それへ入り込んで参ったのは彼の鷹でございます。

鷹「ご主君、あなた方の秘密の話を立ち聞きいたしては甚だあいすみませんが、
ぜんたい、ただ今鹿の子が今にも同勢がこれへ押寄せると言ったのは、
それは何のことでございます。
その同勢というのは、ぜんたい何者にございます。」

金長「オオ、鷹、近う進め。」

鷹「ハッ」

金長「あたりに気をつけろ。」

そこであたりの※唐紙を開いて誰か立ち聞きをするものはないかと見届けた上、
金長の前へ鷹は進み寄りました。
此方(こなた)は声をひそめ

金長「わざわざ今夜鹿の子が注進をいたしてくれた斯様斯様(かようかよう)の次第である。
明朝授官どころの騒ぎではない。我を今夜のうち討取らん六右衛門が計略、腹心四天王の奴らを始めとして共々これへ押寄せるということである。
我、これを引受け戦いをするのは決して恐れはせぬ。
けれども一旦鹿の子が親切上をもってわざわざ注進をいたしてくれたその親切を捨て、
彼に向って戦うのも大きに心苦しいことである。
いかがいたしたことであろうと、それゆえ大きに途方に暮れておることである。」

と、金長の言葉を聞いて、
平素(ひごろ)より金長に仕える多くの眷属のそのうちにおいては、
藤の樹寺を占領いたし、こっちに永らく棲息(すまい)をして、殊に英雄のせがれもあり、
今回の旅行については、主人金長の身にもし事があるある時には、我が一命をなげ捨てましてもこれを避けんという決心をいたしておることで、
少しも油断なく金長の身を守っております鷹のことでございますから、
ことのほか立腹いたしまして

鷹「ご主君、どうも六右衛門という奴は卑怯未練な奴でございます。
己の望みが叶わぬからといって、貴方を夜討に及んで喰い殺さんなどとは、不埒なことをぬかす奴。
ご主君、決して恐るるには及びません。
貴方も決心なさい。たとえ穴観音より如何ほど大勢が来るとも、ひごろ鍛えしこの噛節(はぶし)、片っ端より啖(く)い殺してくれん。」

とグッと眼を瞋(いか)らした。
狸の眼はこれが持ち前でありますから、炭団(たどん)を真っ赤にいたしたような有様。
まさかそうでもありますまいが、牙を噛み鳴らして非常に鷹は憤りました。

金長はこれをとどめまして

金長「待て鷹、必ず逸(はやま)るな。
しかし敵に如何なる計略があるとも、それを討取るは少しも恐れはせんが、
いっそ鹿の子の心を察し、一応はこの鉾先を避けんと心得るが。」

鷹「イヤイヤ、たとえご主君がお立ち去りにあいなろうとも、
はばかりながらこの鷹は一寸もこの地を退きません。
きっとこの地に踏みとどまって夜中に寝込みを討とうという不埒な奴、
片っ端から喰い殺してくれます。」

金長「ムムン、しからば其の方はどうしても我に従って出立をしようと言わぬか。」

鷹「だいたいご主君、そうではありませんか。一ツは身のためでございます。 そも四国の総大将と皆に尊敬をさるる六右衛門め、
彼らのような腹黒い奴は、みせしめのために充分に悩ましてやるが、一ツは身のためでございます。
よってご主君も仕度をなさい。
これから来る奴をば片っ端から喰い殺してやります。」

金長とても血気に逸る勇士でございますから、
いかにも六右衛門が今夜我が寝込みを討取ろうという、卑怯なことを憤ったのでございますから、
ついに鷹の言葉に励まされまして

金長「しかしながら、どうせ六右衛門のことであるから、己にしたがう眷属は百や二百ではあるまい。
必ず千以上の同勢が来るに違いない。
しかるをどうして手前はこれを引受ける。」

鷹「まず、ともかくも先生はこの裏の広庭へお乗り出しにあいなって、
用意充分整うた上、あの松へお上りあそばして、それに手頃の石をもって、
彼らが狼狽えるところを頭上より平素(ひごろ)手馴れたる礫(つぶて)をもって彼らを悩ましたまえ。
私は裏門際へ出でまして、ここは我々両名が充分に油断をして寝ていると見せかけまして、
彼が計略の裏をかいてやりましょう。」

とそこでふたりの者は早々身支度をいたしましたることでございます。

用意の礫等を持ちまして、金長は裏手にあります松の枯木(こぼく)によじ上りまして、木の絶頂で足場をはかって、
敵近寄らば起こって頭上より礫をもって悩まさんという有様でございます。

また鷹は鷹で充分用意をいたしてサア来いきたれ、今に寄せ手が来ったら充分悩ましてくれよう、
というので
すでにその夜、もはや丑三つの頃おい、彼が乗込む以前よりあい待つということになりました。

さようなこととは津田方は夢にも知らず、四天王をはじめ、あるじの六右衛門、多くの眷属を率い、追々と押寄せて来ました。
我の腹心鹿の子が先回りをいたして、このことを注進したとは夢にも知りません。

まず第一番に腹心の川島九右衛門が先頭となりまして、
弟の作右衛門または屋島の八兵衛、多度津の役右衛門をはじめ、
その同勢およそ二百五、六十匹といえるもの、数多の眷属を従え
いずれも獲物獲物を携えまして、また小石の用意等に及び、
彼の金長の旅館へ対して進み来った。
ここは津田八幡の森の裏手にあたりまするところにて深々といたしてある、
これへ対して押寄せてまいりましたが、なにぶん夜は更け渡ってございますから、いずれも寝入りばなでございまして、
戸ごとに静かにあいなって、ただ四辺(あたり)の松には、そよそよと風がわたってあるとばかりでございます。

門際より進み寄った先手の手合いは息をころし、
じっと耳をそばだてまして敵の様子を考え、
さては充分寝入りばなであると心得、
一ツの鈎縄をつたって門内へ忍び込んだ、
内部でかんぬきを外して、これをソッと開いたることでございます。

正面の玄関へ対して川島九右衛門

九右「それ乗り込めッ」

と言うので、先手の手合いは玄関先より忍びまして、
間ごと間ごとの様子を覗いながら、奥まりたるところの彼の金長の居間とおぼしい所に来てみると、
夜具をうちかぶりまして燈火(あかり)はかすかにあいなっております。

さてはここに臥しておるのが金長であるかと思いまして、
彼の川島九右衛門はツカツカと進み寄り、
蒲団の上よりムンヅとうちまたがって用意の一刀逆手に取りなおして、
蒲団ごしに声たてさじと思いまして、
拳も貫(とお)れと勢い込んで、上より突き通しました。

ズブズブズブと音がいたしましたが、キャッともスッともコンコンとも何とも言いません。

オヤオヤこれはどうも変であると思い、その蒲団をのけてみますと、
中はどうだ、もぬけの殻や空蝉のさらに姿がないのでございますから、
サア驚いたるところの一同、寄せ手の者ども

九右「オオどうした。さては金長、早や風をくらってこの事を推量なして逃げ失せたか。残念なり。」

と牙を噛んで地団駄踏む様子合いでございました。

しかしどうも彼がこれを推量して逃げそうなはずはないが、
何がために彼は逐電したのであろうと思い、
蒲団の中をズッとさぐり、容子を考えてみますと、まだ温気(あったまり)がございますから

九右「ムムン…してみれば、まだ遠くへは行くまい。
おのおの裏手の用心、早速進んで後を追っかけさっしゃい。」

一同「合点なり。」

とてんでてんでに先手の奴はやがて雨戸を開いて、広庭へ飛び降りましたことでございます。
今、裏門の方へドンドン駆け出だしました。

すると大勢の頭上よりみるみる間に、バラバラ落ちてまいりました礫のために、
あるいは頭を打たれ眉間を打ち破(わ)られまして、たちまち五、六匹そのところへうち倒れまする。
数多の者は八方へ散乱をいたし、いれは如何にと驚きまする。

川島九右衛門、今、縁側より飛び降りんとして、大勢の騒ぎ立てるを見て、
何事やらんと大刀携え近寄らんといたしまする時に、
彼の松の絶頂にあって大音声(だいおんじょう)に呼ばわりました。

金長「ヤアヤア津田方の奴ら、しばらく待てッ。日開野金長これにあり。
汝等ごとき奸者(しれもの)のために討たるるような金長ならず。
いで拙者(それがし)の手練(てなみ)のほどを見せてくれん。」

と先ほどから用意をいたしておりました礫を手当たり次第に打ち付けました。

よって再び不意をくらって、アッとばかりに驚きまして、
皆々八方へ散乱をいたしますることでございまする。

「さては敵には推量いたしておったのか。
それおのおの方、この木を伐り倒して彼を落とし、速やかに金長を討取れ。」

と言うので、九右衛門は皆の手合いに下知をいたしておりますなれども
数多の小狸は互いに狼狽いたしまして、討たれる者はその数を知りません。
みるみる間に多くその所へ倒れまするということにあいなって、
ただうろうろするとばかりでございます。

この時、左手の小高き所で大音声

鷹「いかに六右衛門、確かに聞け、
かく申する拙者(それがし)は日開野金長が党中(みうち)において、
藤の樹寺の森を預かる鷹といえる者これにあり。
いでや我が手練(てなみ)のほどを見せてくれん。」

と言うより早く、用意の大木大石等へ手をかけまして、
当るに任せてドンドン打ち付けることでございまするから、
津田方の眷属どもは頭を割られまして、負傷するものは数知れん有様であります。

寄せ手はかえって敵の用意に不意をくらって、
実に眼もあてられぬところの有様であります。

この時狼狽え騒いで津田方のうちよりして一匹の古狸それへ躍り出でまして、
大音声に呼ばわりました。

「敵は多寡の知れたる主従ふたり。
味方は斯く大勢押寄せながら敗北をするとは如何にも言い甲斐ないところの有様。
イデや拙者(それがし)が討取ってくれよう。」

と彼の絶頂(たかみ)を睨(ね)めつけました。

「如何に鷹とやら、汝これへ来たって、尋常に勝負に及べ。」

これを聞くと此方はにっこり笑いまして

鷹「生意気なことをぬかす奴だ。そういう手前は何奴である。」

「オオ拙者(それがし)こそは穴観音のみうちにおいて剛の者と衆(ひと)に言われたる四天王の一匹、川島九右衛門なり。
汝これに来って我と尋常の雌雄を決すべし。」

鷹「ぬかしたりやホザいたり。何條何ほどのことやあらん。
望みとあらば如何にも勝負をいたしてくれよう。」

と言うより早く木の絶頂より身を跳(おど)らして、地響きをいたして、そいつへ飛び降りました。

してやったり、
と川島が牙を瞋(いか)らして啖(くら)いつきに及ばんというやつを、
ハッと体をかわした。

鷹「ナーに、猪口才(ちょこざい)なり。」

と、此方も流石に金長に従って乗り込み、少しも油断のないという鷹のことでございますから、
同じく牙を瞋(いか)らし、彼がしっぽへ啖(くら)いつかんといたした。
此方は九右衛門

九右「猪口才なり。」

と身をひっぱずしておいて、やがて彼が首筋へ喰いつかんとする時に、
ヒラリと身をひっぱずしたる鷹は、
鎌を五本並べたような恐ろしいところの牙を瞋(いか)らし、
九右衛門の左の耳へ、ウンとばかりに啖(くら)いついた。

川島、大きに驚いた。

これは大変と振り放さんとするところを、
鷹は一生懸命唸りながらも二振り三振り振り回しましたることでございますから、
とうとう九右衛門、左の耳を中ばばかり喰いちぎられました。

ハッと驚いて、斯(こ)は叶わぬと、口ほどにもない卑怯な奴、すでに逃げ出ださんとする奴を

鷹「おのれ卑怯な川島め、逃げんといたして逃がそうや。おのれが始めの大言を忘れたか。返せ戻せ。」

とドンドン、ドンドンその後を追っかけることでございますから、
すでに川島が一命は風前の燈火ともあいなった、
ところが大勢の中で弟の作右衛門、これを見まして大きに驚いた。
兄貴の難義をたすけんと、ドンドンそれへ駆け付け参りましたことでございます。

もとより鷹は血気さかんの勇士、
見渡す限り数多の大軍、四方八方より妨げをせんとする奴を、
あるいは蹴散らし踏み飛ばし、手玉に取って投げつけ、
または啖(くら)い倒しに及びました。

なれども多勢に無勢のことでありますから、
その身もすでに数か所の手傷をこうむりながらも、
なお激しき働きに及んでおりましたが
今、逃げ行く川島九右衛門をドンドン追いかけんといたしまするところへ、
横あいから飛び込んでまいりました作右衛門

作右「おのれ我が牙の鍛えし様子を見ろ。」

と呼ばわりながらも、鷹の肩口へカブリと一口噛(かぶ)りつきました。

鷹「ナーに、猪口才(ちょこざい)なり。」

と此方は身をかわさんといたしまするといえども、
最初に不意をくらってカブリつかれたることでございますから、
鮮血ほとばしって、よほど身体にも疲れをもよおしたることであります。

なれども鷹は斯様な負傷(てきず)をことともせず

鷹「何をさらす。」

と作右衛門をのぞんで振り向く途端に彼が首筋へカブリと一口、喰(かぶ)りつきました。

喰いつかれながらも作右衛門は彼を喰い殺さんといたす。

敵も味方も名を得ました者でありますから、
上になり下になり、組んず転んず、
しきりにそのところにおいて勝負を決しております。

また遥かにむこうにおいては、
これ最早、礫(つぶて)は尽きましたることでありますから、
木の上から飛びおりましたる金長、
大勢をあたるを幸い四方八面にうち悩ますのでございまして、
だがこの金長の家来の鷹が今は東西にわかれまして、
彼一匹に数百の曲者が取り巻いてまいるやつを
しきりに荒れております。

しかるに敵に名を得ました四天王の一匹作右衛門であります。

おのれは血気の勇に励まされまして、
何でもこの奴を一番我が噛節(はぶし)にかけてくれようというので、
焦り狂っておりまするうちに
とうとう鷹の勢いや優ったりけん、
下敷きとなりまして、跳ね返さんこと自由にあいならず。
そのうちに彼の前足に強かに喰いつかれまして、
彼は非常に苦しみをもよおし、しきりに助けを呼ばわっておりまする。

捨ておく時には鷹の為に一命は危ないのでございます。

ところが一旦逃げ去った九右衛門狸はホッと後ろを振り返って見ると、
彼の鷹の為に現在の弟、作右衛門は、すでに一命にも及ばんという有様でありますから

「これは大変。彼が難渋を救ってやろう。」

というので、再び取って返し、
今、鷹が作右衛門の咽喉元へ、とどめの歯節を向けんといたしておりまする折柄、
駆けつけましたは九右衛門でございまして
彼が尻尾をのぞんで、グッと一口牙を瞋(いか)らして喰いつき、
二振り三振り振り回した。

実に危ないところであるが、事ともせず
彼方へ駆け抜け此方へまわり、
二匹を敵手(あいて)にここに血戦をいたす。

実に鷹の働きは、さながら悪鬼の荒れたるばかりの勢いでござります。

津田山の方より押寄せましたる、多くの眷属は互いに遠くにあって
この鷹の働きを眺めまして、
アレよアレよと騒ぐのみ、
ただ一匹といたして傍(そば)へ進み寄るものもないのであります。

川島においては、取って返して一時は弟の危難を救ったとは言えど、
なかなか働きのある鷹のことでございますから、
自分の敵ではないと思い、
再び卑怯にもドンドン逃げ出だしました。

作右衛門狸もこれまでと思いましてか
共崩れとあいなり逃げ出す様子合いでございます。

ますます哮(たけ)り狂いまして

鷹「おのれ、逃がしてなるものか、返せ、戻せ。」

と再び後を追っかける様子合い、
なにぶん夜明け前のことでございまして、
暗さは暗し、真の闇、土地不案内なることでございまするし
裏門より小高き津田山の方に逃げ出ださんという有様、
そいつをドンドン追っかけましたるところが、
図らず川島兄弟の奴らは森のうち左右に分かれて逃げ込んだのでございます。
鷹は

「おのれ、憎っくき曲者(しれもの)、返せ、戻せ。」

と言いながら追っかけましたが、
あまり激しく後を追っかけたのでありますから、
いかなるはずみでありましたか、
ふと木の根につまずいて、真っ逆さまにその所へ倒れましたる時に、
脾腹(ひはら)を強かに打ちまして気絶をせんばかりでございます。

もとより多くの敵を引受けまして、
その身、充分の疲れをもよおして、
その上、手傷を数多受けておりまするところから、
気は遠くあいなりまして、わき腹を押さえ、ようよう起き上がらんとするところへ、
誰か我を介抱して起こしてくれると思いましたら、
エライ間違い、
この時、斯く覚って、やにわに取って返した作右衛門
たちまち鷹の咽喉笛めがけて飛びついた。

何しろ自分の急所の咽喉元を、作右衛門の為にカブリと喰らいつかれましたることでございますから、
何條もって堪るべきや、
鷹はアッと声を発しましたが、
なかなか喰らいついたる作右衛門、容易に離しません。

唸りを生じて歯節も徹(とお)れと噛(かぶ)り始めました。

日ごろより、歯節自慢の作右衛門のことでございまして、
それが一生懸命にこれへ喰らいついたのでございますから、
どうもこいつを離すことが出来ません。

牙に充分力をこめまして、ブリブリと振り回しました。

その上、逃げ遅れましたる津田方の眷属はこれを見まして、
バタバタその所へ駆け付け来りまして、
いずれも作右衛門に力を合わせて、
鷹の四つ足、または尻尾をあたるを幸いカブリカブリと喰らいついたのでございます。

鷹は手傷をこうむっておる上に斯様(かよう)なはめにあいなったのでございますから、
実に無念と一声を発しましたがこの世の別れ、
ついに作右衛門の為に、そのところにて、あえなき最後を遂げましたのは、
実に憐れ愍然(びんぜん)の至りでございます。

畢竟(ひっきょう)、ここに鷹が討死を遂げて、この場の落着(おさまり)如何(いかが)あいなりましょうか。

チョッと一息いたしまして。

※唐紙…ふすま。

実説古狸合戦 四国奇談 第九回へ続く

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